日向市キャリア教育支援センター ブログ

2026.06.04

デジタル、アナログ

 世の中にはどうしても人々を分類したがる傾向が見られます。私は好まないのですが、血液型だの、星座だの、ありとあらゆる分類がまかり通っています。そのほとんどが科学的根拠のないものなので気にするだけ無駄な時間だと流しています。

そんな分類の中に「デジタル人間」「アナログ人間」というものが最近目立っているようです。これもどこかで個人を線引きできるものではないのですが、「あなたは?」と問われると困ってしまいます。どちらもあるからです。しかし、一日の中でパソコンやスマートフォン、そしてそれらを繋ぐガジェットと呼ばれる類の物を扱っている時間は確かに長いです。そうなると「デジタル人間化」しているのかもしれません。時折、「あれっ、この漢字どう書くのだったっけ?」などと、恐ろしい記憶の飛散を実感することもしばしばです。こうなると、デジタル化の影響なのか、加齢によるものなのか分からなくなりますが。

ガジェット

 

さて、本日はそんな日常の不安にぐさりと矢を突き刺してくれる文章を俵万智さんの投稿に見つけましたので紹介します。俵万智さんと言えば『サラダ記念日』ですが、宮崎にも長く住んでおられて、日向市で毎年行われる高校生の『牧水短歌甲子園』の審査員もされていました。最近も時折テレビで拝見し、息子さんとの短歌でのやり取りなど、親子の絆にも心安らいだばかりです。

 

歌人 俵万智さん

 

そもそも論ですが、人類が道具を必要とするのは「こんなことができたらいいな」「こんなことができなくて不便だな」が出発点だと思います。私自身は、紙の教科書で学び、紙の教科書で教え、そういった気持ちになったことは一度もありませんでした。必要にして十分な環境にいるのに、デジタルの教科書から「こんなことできますよ」「あんなことしてみませんか」と言われているわけですが、「わあ便利! こういうの欲しかった」とはならないなあというのが実感です。むしろ、弊害のほうが怖い。 (略)

 今の時代、電子機器といかに距離をとらせるかに、頭を悩ませている保護者は多いと思います。「え、それなのに学校で積極的にデジタル端末に触らせてしまうの?」というのが正直なところです。私自身は、機械に弱いので的外れな言い方になっているかもしれません。電子辞書を初めて使ったとき、鳥の鳴き声(今なら動画?)が出てきて「おお」と嬉しくなった経験はあります。けれど、文字の説明と、実際の鳥に会う経験との中間に「これって、いる?」とも思いました。デジタル情報は、中途半端に会った気にさせます。端末を手にすることで気が散る、子どもには情報量が多すぎる、検索して手軽に結論を得る癖がつく、視力の低下……聞こえてくる弊害は多々あります。その解決策が示されないまま導入することは、大げさに言えば人体実験ではないでしょうか。子どもの人生は一度きりです。もっと慎重になるべきだと思います。

 最後に、さらに「そもそも」なことを言いますと、教育にとって大事なのは、教科書よりも教員です。優秀な人、素敵な人が教員になれば、紙とかデジタルとか関係ありません。デジタルに使うお金があるなら、先生がたの給料を上げたほうが、よっぽどいいのではないでしょうか。

 

 もともとこの文章は、「デジタル教科書」を問い直す~危ぶまれる子どもたちの思考力~という文字・活字文化推進機構において俵さんが投稿されたものになりますので、紙の教科書の利点を強調されています。この部分のみで判断するべきではないので、ほかの投稿者の文章も読んでみたいと思います。

 

それはそうと、私も現役教員時代の終盤はデジタル機器を駆使して映像による理解の早さを求めていたようにあります。また、子どもにスマホを持たせるべきではないと思いつつも、学校では徐々にタブレットが導入されようとしていました。俵さんの最後の言葉「デジタルより教員に投資」には説得力があります。私のアプローチとしては、「お金がないなら、教員の給料を3分の2にして、週を半分にして勤務させる2人体制にすればよい。」とぶっ飛んだ方策を考えます。実際にアメリカの州では実施されているところもあり、週前半の校長と後半の校長が、水曜日午後に引継ぎをして、「じゃあ、後はよろしく。」と帰宅するそうです。

 

東京書籍デジタル教科書

 

 私は孫に絵本を読んで聞かせる機会があります。いろいろな絵本があるのですが、その中にデジタルを組み合わせたものがあります。俵さんの話にあった「声の出る本」です。動物の写真をタッチすると鳴き声が聞こえてくるのです。孫は鳴き声と写真からその動物を理解するようになったのですが、言われてみれば「知ったようになる」だけのことで、実際の動物園で見る動物の臭いや息遣い、迫力といったものは伝わらないと思います。

以前、いつかどこかであった事件のように、幼児が怖い動物にスーッと近づいて怪我をしたというのも、何らかの危険予知ができない状況があったのかと思い出した次第です。便利なものを活用することは人間の進化の過程では当然の成り行きですが、そこには自身の生き方のスピードにマッチした丁度良い「塩梅」を加減することが必要なのだと今後も考え続けたいと思います。

2026.06.03

足りない部分を補い合う暮らし

 台風6号では被害はなかったでしょうか。原油高騰に加え、自然災害への対応など多く打撃を受けている方もおられると思います。それでも乗り越えないといけないので厳しいものです。いっときでも忘れられればと、本日は山の話をご提供します。

 

 私はこれまで北アルプスの冬山を中心に、夏も幾度となく訪れました。北アルプスというのは本来飛騨山脈と言われている部分になります。北は糸魚川の親不知から発する栂海(つがみ)新道を経て白馬岳(しろうまだけ)に達し、五龍、鹿島、針ノ木、水晶など名だたる後立山連峰を越えて、南部の名峰槍ヶ岳へと通じます。今「後立山連峰」と言いましたが、その名の通り「前立山連峰」もある訳です。ただ「前」は付かず「立山連峰」と呼んでいます。剱岳に始まり、最高峰の立山(雄山=おやま)を経て、絶景紅葉の五色ヶ原、薬師岳、黒部五郎岳とずらりとこちらも名峰が並んでいます。この二つの連山は三俣蓮華岳で合流し、槍ヶ岳へと繋がります。ちなみに、この二つの合流点である三俣蓮華岳から後立山連峰へ少し入り込んだところに、昭和のスター野口五郎さんの名前の由来である野口五郎岳があります。(失礼、今も現役で歌っておられますね。)

立山は日本三霊山(富士山、白山、立山)の一つであり昔から信仰の山なので、歴史の古い立山が「表」になるということでしょう。西暦701年佐伯有頼が立山を開山し立山信仰が盛んになり、槍ヶ岳は播隆上人が1828年に開山したということからも立山の歴史の古さが伺えます。(立山町周辺には佐伯姓がとても多いです。現在も剱岳周辺の山小屋の御主人は佐伯さんが数人おられます。)

 

 私が初めて登った北アルプスは槍ヶ岳で、その山頂直下には播隆窟という岩屋があり、播隆上人が、この岩窟に48日間も籠って念仏を唱える修行をしたとの歴史を知った時に、この山の持つ歴史と威容を感じ取ったことを今でも覚えています。ただ、当時は初めてのアルプスということで空回りした体力が限界を迎え、この播隆窟を通るころにはヘロヘロになっていたのも事実です。

一方の立山連峰にある剱岳に登ったのはそれから数年後のことでした。そんな北アルプス通いを30数年に渡って続けて来た山屋にとって、北アルプス南部に聳える名峰槍ヶ岳は、難所の北鎌尾根を初め、東鎌尾根、西鎌尾根、そして槍穂高縦走の大キレットへつづく東西南北の中心点、そして記憶の真ん中に位置づいています。

 

 

♪「アルプス一万尺、小槍の上で、アルペン踊りをさあ踊りましょ。」と歌われた「小槍」というのは、槍ヶ岳の隣になる岩峰のことを指します。一万尺は約3000mになり、3080mの槍ヶ岳の直下だから一万尺と表していることになります。ここはロッククライミングの要素でしか登れないので限定的な山(岩)と言えましょう。ところがこの小槍の山頂は畳一畳ほどしかないので、アルペン踊りは難しそうです。それでも過去には山頂でダンスをしている(ような)グループもあったので、世の中には物好きがいるということです。♪「アルプス一万二尺、槍の山頂で、アルペン踊りをさあ踊りましょ。」なら、8畳ほどの広い山頂で踊れたのにと、無駄な想像をしました。

下の画像の左側にある大きな岩峰が小槍になります。真ん中にちょこんと突き出している円錐形の岩は孫槍と言われ、画像には見えませんがその上にさらに小さな槍岩があり、それは曾孫槍と言われています。(下の画像は槍ヶ岳山荘側から見たところです。)

 

 さて最近、槍ヶ岳山荘で働いているニノさんという方のブログを見つけました。私も昔山荘でアルバイトをする夢がありましたが実現しませんでした。今思えば、考えすぎなんですよね。「試すことに失敗はない」ので行ってみればよかっただけのことです。だめなら帰ってくることだけだったのに、当時すでに色々考えすぎたのでしょう。私のことはいいですが、そのニノさんが、人からの学び自分との向き合い方について印象的なことを書かれていましたので引用させていただきます。タイトルは「山の暮らしで感じている事」です。

 

 「スタッフ同士は生活も共にするので、仕事だけではないその人の一面がより色濃く見えるところも、私にとっては興味深く、そこから自分がどう在りたいかなど内省する機会をもらっています。お互いの得意を引き出し合いながら、不得意を補いあいながら共同して暮らす良さがここにはあります。街では生活と仕事は別になりつつありますが、現代社会で失われてきた人間の何か動物的な部分での「補い合う」生活が山小屋にはある気がしています。山にいると自分はちっぽけだなあと感じますし、あがいても自分は自分でしかいられないんだなあとなんだか安心ともあきらめにも似た感情にもなります。と同時に人間のあがいたり、迷ったり、もがく美しさや強さをより鮮烈に感じます。なんていうか、、、そこがいいです。」

 

 先日のブログで書いた「醤油貸して」ではありませんが、「足りない部分を補い合う」気持ちでゆっくりと人生を進めていける。そんな支え合いの生き方が人間らしいというか、穏やかな暮らしに繋がっていくのでしょう。自然の中に身を置くと、人間はに帰れることが上の文章からも分かります。大自然の中ではちっぽけな人間なんて本当に無力だということを感じます。町場の雑然とした空気の中にいる時に解放されない自分に気付くと、自然の中では余計に人間らしい部分を取り戻せるのかもしれません。

 お付き合いありがとうございました。

2026.06.01

よのなか教室~事前学習~大王谷学園中等部8年生

 先週、大王谷学園中等部8年生のよのなか教室事前学習に行ってまいりました。改めて紹介しますと、市内の職業人を招いて小中学校である学年に「4つの力」を中心に、生き様や仕事の話をしていただくのが「よのなか教室」という社会人講話になります。

 そのよのなか教室の本番のみでは、児童生徒が高い吸収力を発揮するのが難しいのではないかとの判断から、聞き取りを強化するために私が1~2週間前に、その該当学年の各クラスに1コマずつ入り授業をするものをよのなか教室事前学習と呼んでいます。

 

 先週は、大王谷学園中等部8年生(中2)の3クラスで1コマずつ授業をしました。本番のよのなか先生同様に、私の自己紹介から入り、人生グラフ、仕事を選択したきっかけ、仕事上の苦労ややりがいなどを、画像と共に紹介しました。時折、確認の意味で生徒たち同士で話し合う場面も取り入れ、対話的な学習を目指しました。

 核心の4つの力の場面では、「①相手を尊重し社会を理解する力 ②自分を正しく知りコントロールする力 ③課題を見きわめ解決の工夫をする力 働く意義を知り、将来を切り拓く力」という4項目について、私なりに教師と言う仕事で感じてきた必要な能力を話しました。

 この4つの力は、文科省の言うキャリア教育で目指す「基礎的・汎用的能力」の4項目を、児童生徒に分かり易く我々が整理したものになります。どのよのなか先生の授業でも、またよのなか挑戦(職場体験学習)でも獲得して欲しい力になります。下の画像のようなプレゼンテーションを提示しながら、社会人として対応していく時に必要となる力を生徒に分かり易く伝えたつもりです。

 私は「事前学習」という立場ですから、ワークシートを配布するものの、あまりにも生徒の皆さんが真剣な表情で前を向き話を夢中で聞いてもらっていると、「今の話はこの部分に書くといいね。」と、メモの場所を示すこともします。本番のよのなか先生と同じようなワークシートなので、きっと当日は生徒の皆さんは上手に聞き取ってくれるのではないかと思います。

 

 また、各場面で生徒同士が聞き取った内容を話し合いそれを発表してもらう活動を取り入れ、確認しながらゆっくりと進めることができました。いわゆる主体的で対話的な学習を目指してのことです。以前のこのブログで、事前学習では「私の話」と「エピソードシート学習」を2本立てで取り入れていると書きました。確かに多くの社会人の学習はできますが、消化不良を起こしているのではないかとの反省から、今回は「私の話」一本に絞りました。

 学習の最後には生徒の皆さんにアンケートを実施しました。現在は、個人のタブレットを使って私が用意したQRコードを読み取ると、生徒の皆さんが打ち始め、あっという間にアンケートが終了します。当日中に私はアンケートの中身を確認することができ、本日、学校へ分析・考察と共に結果を送りました。時代は進んでいるのですね~。その結果では、「失敗を恐れず挑戦する」ことが印象的だったことが分かります。 

また、自由記述では、「今まではやってみたいことがあやふやだったけど、今日のお話で少しやってみたいことの輪郭が見えてきました。」や「将来の夢を叶えるのは難しいけど今日の話で自分にできることを今から頑張って見ようと思いました。」、「試してみることに失敗はないという言葉が印象的で、明日は今日と違う自分を目指して失敗を恐れず挑戦してみたいと思います。視野を広く、向上心を大事にし、自分の意見や心に芯を持ちたいなと思いました。」など、生徒がそれぞれ噛み砕いて自分事として話を捉えてくれていたのは嬉しい限りです。日頃の学習に対する姿勢を学年全教師で向上させていることが、学習への生徒の真摯な向き合い方から察することができました。

 中学生と言う二度と帰らない青春真っただ中のこの時期を、存分に楽しんで今考える自分の夢へ向かって一歩一歩進んで欲しいと願います。

 2週間後のよのなか教室本番では、私は別の中学校で事前学習を行いますので見られないのが残念です。スタッフから様子を聞きたいと思います。

2026.05.28

コミュニティ・スクール3


  昨日に続き飽きずにコミュニティ・スクールの話題にお付き合いください。

(「また新たに、子どもたちのために地域行事を復活させようという動きが出た場合」の続きです。)

山口県柳井市HPより

 

福岡県筑紫野市HPより

 

すると必ず出てくる意見が「事故があったらどうするのか。」です。これで一同シーンと沈黙し、話合いが終わります。しかし考えてみると、現在続いている祭りでも事故が起きない保証はありませんし、少年団活動でも、あの全国ニュースの高校遠征バス事故や、遊覧船事故のように、学年が上がるごとに、それまでPTA活動に消極的だった方々も巻き込まれ、自家用車に他の家の子を同乗させて移動する機会も出てきます。そうなると、同じことがまた繰り返されます。取り上げた事例は違う事象のように見えるかもしれませんが、誰かに任せっきりという点では同じ事案だと思います。

任せた以上、事故の際に相手に全責任を負わせ追及するというのも、もし、客観的かつ法的に正しい手続きをしていたのなら難しいものがあるかもしれません。ましてや、地域の行事の中で、地域の人たちが完全ボランティアの形で、子どもたちのためにと時間を割いて活動していただいている場面での事故については、ご本人に完全なる失態がある場合は別でしょうが、追及しにくいのが人情かもしれません。地域が顔なじみになり、昭和の「醤油貸して」ではありませんが、「顔なじみ」になってお互いの子どもも地域で叱ることができる関係が最終的に目指す地域の姿ではないかと思います。

 

2025年五十猛神社大祭パレード

 

山口県柳井市HPより

 

厳しい社会情勢の現代を生きる子どもたちにまで、難しい状況を反映させず、すべては子どもたちのため地域の活性化のため、最後は自分が地域の役に立ったという自己有用感のために今後も盛り上げていくというのはいかがでしょうか。一生懸命に取組んでおられる地域の皆様には無用の老婆心となりました。

 

 台風6号が心配です。週明けあたり、お気を付けください。我々も海は気を付けます。

2026.05.27

コミュニティ・スクール2

 本日はまた別のお話を書こうかと思いましたら、来客に「コミュニティ・スクールの記事読んだよ。」と言われ、また続きを書こうと思い立った次第です。

 

(一昨日の続きです。)現在、日本全体が厳しい社会情勢にあります。賃金上昇と謳っていますが、中小の現場はそう簡単に喜べる状況ではありません。物価上昇が格段のスピードで進んでいるため、家庭におけるエンゲル係数も上がる一方です。そんな状況は理解していますが、それでも子どもたちが子どもでいる時間はどんどん過ぎていきます。長い人生の中で、子どもとして地域で大切に育てられたという思いは残してあげたいものです。

 

実際に私がそうでした。私は幼い頃から九州内と転々としました。鹿児島でも福岡でも佐賀でも地域に育てられて育ちました。具体的には、地区の活発な育成会活動での行事に参加することで地域との結びつきを強く感じてきたのです。鹿児島の大隅半島では、夏休みのラジオ体操は毎日神社境内で行われ、お祭り行事に参加し、地区の親子会催しも活発でした。福岡では市内を10数か所に分けた町内対抗ソフトボール大会で、2カ月間ほど練習し大会に臨みました。勿論、地区の大人には練習、応援、麦茶の準備を頑張っていただきました。佐賀では、地区のお祭りや、地区代表で市内の大綱引き大会に参加したり、小中合同学年での市内ソフトボール大会へ参加したり、さらに、地区親子会で夏の2泊のキャンプもありました。事前に、地域の大人が熱心に協議し、中学生役員だった私も検討段階から参加していたことを覚えています。

 

50年前の中学修学旅行「錦江湾チェーン金ヶ浜ドライブイン」

 

さて、日向の市子連(小学生ソフトボール大会)はどうなったのでしょうか。夏休みのプール開放期間はどれくらいでしょうか。ラジオ体操は・・・。私の事例のように、いずれも40年前には日向市も盛んに実施していました。「忙しい」「難しい」を口にすれば、どんどん行事はなくなっていきます。昔も大人は働きながら、それでも子どものためであればこそ、時間を削って、地域で「お互いさま」と譲り合い、交代しあって踏ん張ってきました。私も、自分の子どもが日向の市子連ソフトボール大会の練習で、近くの公園で練習する時には、指導をしてくださる方に申し訳ないので時々参加していました。

 

富高小名物?修学旅行2日目朝のラジオ体操(40年前)

 

かなり以前、PTA保体部会に学校職員として参加したことがありました。夏休みのプール開放期間をどうするかが議題になっていました。その中で「仕事の休みがとれないので、そんなに長い期間で監視に行くことができません。もっと短く、お盆前には終わるようにしてください。」と強く言われる方がいて、一同はそれに従うほかないという雰囲気で決まってしまいました。職員の私が口を出す場面ではありませんが、「ああ、こうやって時代が変わっていくのだ。」と感じたことを覚えています。

 

案の定、その後、あちこちの学校で、夏休みのプール開放期間がどんどん縮小していきました。当時、我が子が通う日向市の小学校は夏休み期間中831日までしっかりプールを開放する「強いPTA」だと誇りに思い、私もしっかりプールの四隅に固定してある椅子に、暑い中2時間じっと耐えて監視しました。ところがこの学校も現在は縮小されています。

もちろん、別の角度からの理由も分かります。水道料金の問題、2学期に水泳の授業が無いのに夏休みに実施する理由など…。しかし、それは本当に開放期間を縮小する理由なのか疑問が残ります。私が新規採用された小学校でも、夏休みの地区プール開放は8月の下旬まで行われ、9月の第2週まで水泳の授業が行われていました。9月はまだ暑かったので、多くの子どもたちは水泳の時間を楽しみにしていました。9月の2週間で「水泳の仕上げ」をし、夏休みを含めた今シーズンにどれくらい泳力が伸びたかの記録会を実施していたのです。同時に、運動会シーズンにも入るので、水泳と並行して運動会の練習も少しずつ入ってきたという忙しさはありましたが、そんなものだと職員も子どもも保護者も思っていたのです。

 

運動会の定番「綱引き」(40年前)

 

当時は、運動会が5月にも「こいのぼり運動会」として実施されていましたし、中学校では1年生が行縢少年自然の家に「林間学校」に2泊3日で行っていた時代です。学習指導要領がそういう方向性をもっていたといえばそれまでですが、校時程・週時程そして年間計画が児童生徒の「リズムと変化」のために適切に設定されなければならないのは現在も同じです。

 

 

昔のゆとりある行事のまま現在に蘇えらせるというのは無理があるでしょうが、できていたことを持続可能にするために地域の力を借りて続けていくことは大事です。現在の子どもたちが大人になったときに、「自分たちも地域に育てられたからその恩返しだ。」と踏ん張って、子どもたちを地域で育むようにしていくことが「継承」であり、AIにはできない「心のつながり」ではないかと思います。時代と共に人の営みも変化する、変化しなければならないというのも分かりますが。

 

こうやって机上で話すのは簡単です。では、どこで進めるかと言えば、例えば「保体部会」であったり、「PTA役員会」であったり、要の学校運営委員会や地域学校協働本部であるのではないかと思います。勇気ある一歩としての「今の子たちは可哀そうだ。もう一度、自分たちが支えてもらったような地域活動をしよう。」「ラジオ体操グループに呼び掛けて、地区で集まれそうな所からでもいいから、子どもに広めよう。」などではないかと思っています。(「ならアンタがやれ」と言う声が聞こえそうです。)

 

う~ん、地域を盛り上げるという話題はどこまでも続きます。色々な角度からの御意見もあると思います。コミュニティ・スクールから外れたでしょうか。本日はこの辺で失礼します。

 

炊飯遠足時の磯釣り(今はなき風景)

2026.05.26

道具を工夫する

  人類について、現在のホモ・サピエンスより400万年ほど前のアウルトラロピテクスと言われる二足歩行の猿人は石器(礫石器)を使っていたことが分かっています。といっても石ころみたいなものです。また、ベンジャミン・フランクリンの名言に「人間は道具をつくる動物である」があります。これは、人間が創造力を持ち、さまざまな道具や技術を生み出してきたことを示しています。道具は私たちの生活を便利にし、仕事を効率的に進める手助けをしてくれます。

  昨日に続いてコミュニティ・スクールについて書きたいところですが、一休みでまったく別の話題で息抜きしたいと思います。

 

 人間が道具で可能性を広げるということを58日のブログで書きました。ロッククライミングでカムが取れなかったその後というお話です。


 その翌週の日曜日、性懲りもなく北方町比叡山へ向かいました。

 

 カム(キャメロット:商品名)

  岩の隙間にガッチリと入り込んで、出て来ないカムを回収道具を二人とも改良、持参してきたのです。私は長さ20cmほどの本来の回収機の先端をハンマーで潰して薄くしたのです。

下手な絵

 相方はなんと、ピアノ線を折り曲げて先端をクルッと曲げて、同じくキャメロットの黒い部分に引っ掛けて引くものを開発してきました。本当にシンプルで確実にカムを回収できると私も成功イメージを描くことができます。しかも彼の凄い所は、自宅の外で別のカムを塀の隙間に噛ませて、それをこの道具で回収するという成功の動画をインスタグラムにアップしていました。なんと一万回も再生されたそうです。宮崎市の〇ンズマンで物色し、単純明快なピアノ線に行きついたようです。恐るべし。

 

下手にもほどがある

  

難ルートに挑戦

 折角なので、難しいルートでトレーニングしてから、目的のカムの場所へ向かいました。1ピッチ登ってカムの地点まで懸垂下降で下ります。2人それぞれで懸垂下降をして下りながら、途中に張り出している邪魔な草や枝を鋸で切り落とすという、いわゆるルート整備をしました。こうやって地元のクライマーが整備することで、登りやすい岩場が保たれるのです。

 ようやく残置カムの場所に来ました。ところが、相方がピアノ線回収機で何度トライしてもカムは出てきません。隙間といっても岩は水平の隙間ではなく凹凸があるために動いてもまた引っかかるのです。

格闘

 

 次に私が自分の改良機でトライしました。まったく動きません。それではと、2つの回収機を使ってねじったりしていると3cmほど動きましたが、また奥に入り込んで動かなくなりました。その後30分ほど格闘しましたがダメでした。彼は「ここまでやってダメだったから諦めがつきました」と敗北宣言でした。

ここから動かない!

  我々は、かなり暑くなり始めた岩場から地上に降り立ちました。今日の相方は、回収の場面を動画で撮影していました。今度は2万回の再生数を記録しようとでも思ったのでしょうが、それは達成することは叶いませんでした。「人生は思った通りにならない」のです。

懸垂下降

 

 それでも人類は今後も道具を深化させ、今以上の優れものを開発していくのでしょう。AIロボットしかりです。私もファーストフード店でロボットに配膳してもらったことがあります。それをも含めて現代の道具の進化・工夫について達成した形でお話したかったのですが、単に2週連続岩場に通うクレイジークライマーのお話になってしまいました。それも人間臭さの良い面だとお許しください。

 梅雨に入りそうで、入らない微妙な季節となっています。お体をご自愛ください。

 

2026.05.25

コミュニティ・スクール1

 コミュニティ・スクール、いわゆる学校運営協議会制度についての研修会が先週、サンドーム日向で実施されました。市内各小中学校の管理職、学校運営協議会委員、地域コーディネーター、教育委員会などが一堂に集まりました。サンドームという会場は新鮮でしたが、「コミュニティ・スクールはどうすればよりよく機能するか」という研修テーマに私は、「まだ課題しかないのか。」と少し後ろ向きな気持ちを持ってしまいました(失礼)。というのも20年前に宮崎県で導入された頃、担当として取組を開始していたので、20年経過しても「どうすれば」と言っていることに残念な気持ちもありました。後ほど詳しく書きます。

 

 

研修当日は教育委員会による説明の後、パネルディスカッションが設定され、現場の教頭先生代表、地域コーディネーター代表、そして以前コミュニティ・スクールの立ち上げ時に携わった私の3人がパネラーになりました。意見の中では、学校運営協議会委員と学校が気軽にいつでも情報交換できる、つまり自由に学校を訪問できる関係づくりが重要であることや、地域の活性化につなげる視点が大切であることなどで、意見は一致したようです。

このディスカッションの中で申し上げたのですが、20年前に私が学校の事務局担当として整理した課題は、「年3回程度の協議会のみでは学校の経営、推進状況を把握することは難しい。」でしたが、20年後の現在もその感想を持ってしまうことに手ごわいものだと改めて感じました。さらに、学校と地域を強く気軽に結びつけることの難しさを痛感した次第です。(後の各学校での協議では、情報交換が前進している所も確認できホッとしました)

文科省は「学校が地域住民等と目標やビジョンを共有し、地域と一体となって子供たちを育む『地域とともにある学校づくり」を推進しています!』と言っていますが、そんな簡単なものじゃないということは参加された学校運営協議会委員やコーディネーターの皆さんが一番感じておられることと思います。

それでも希望を失ってはいけないので、研修会後半の各学校ごとに分かれた協議・演習では、「こうすれば結びつきを強化できるのではないか。」と、児童生徒の地域行事への参加や学校参観日への積極的な参加などを真剣に話し合っておられる熱い姿に希望を見いだしました。

過去の20年はリセットし、これからの20年こそコミュニティ・スクールが機能するのではないかと感じた研修会になりました。当日に各グループで話し合い記録した模造紙は、ぜひ、次の研修会でもテーブルに並べていただき、その後「どうなったか」と評価・反省をしたいものです。できなかった部分も必ず出てきます。だからこそ、「何ができない原因か。」「ではどうするか。」そうやって一歩ずつ前進します。そして年度末には、できたこととできなかったことを端的な言葉で整理して、次年度、次の役員に申し送ります。そのまま学校教職員全員にも成果と課題を共有します。そうすることで、教職員の異動や協議会委員が任期満了で交代になっても、実践は引き継がれていきます。この情報(成果と課題)の全周知ができるかに持続可能なコミュニティ・スクールの成否がかかっていると思います。

 

 コミュニティ・スクールについては次回に続きます。

2026.05.21

宮崎のキャリア教育

  昨日、宮崎県教育県教育研修センターで市町村キャリア教育支援センターのスタッフが集まる協議会が実施されたので参加してきました。

 各地区のキャリア教育の熱い取組が紹介され刺激を受けてきました。

小林市もガンバル

 

延岡市もガンバル

 

「よのなか教室をもっと学校が主体的に実施できるように支援していく必要がある。」「学校をもっと訪問し色々な意見を聞いていく。」「教職員が異動することで学校の体制が変わりがちになるので、そこをしっかりと支援していく。」「キャリア教育に熱心に打ち込むことで自分自身も変わることができたという教職員にも出会った。」「事業所の皆さんと教職員がもっと話す時間を作る。」など、多くの意見の中からヒントとなるものを吸収し、日向市のキャリア教育に繋げていきたいと誓いながら梅雨入り直前の宮崎を後にしました。

宮崎市もガンバル

日向市もガンバル

2026.05.20

代案~スーパーバンク

 

  私が以前勤務していた高鍋町はコンパクトシティでした。歴史・文化、経済・産業など総合的に文教の町と自称しているだけあると思いました。一方の我が日向市を考えると、これまた市内どこからも海まで20分以内で行くことができ、風光明媚で自然豊か、東郷町の冠岳からもお倉ヶ浜が見えます。私は日向もコンパクトシティではないかと思っています。少し前まで日向市は「リラックスサーフタウン」の愛称を使用していたように、サーフィンするなら日向でしょ、とうちのスタッフも一押しです。「舟人でしょ。いやGIでしょ。」・・・

 

宮崎では青島木崎浜などが海岸の浸食によって砂の流出が問題になったことがあり、現在も影響していると思われます。そんな時どのような対応がとられたのか。オーストラリアの事情は発想のスケールが大きいだけでなく、建設的な代案でスタートしたところにポイントがありそうです。今日はそんなサーフィンに関する話題を最近のTHE SURF NEWSからお伝えします。

 

オーストラリアのゴールドコーストにある「スーパーバンク」は、行政の土木技術とサーファーの情熱が融合して生まれた奇跡の波です。1960年代、河口の突堤建設により砂の流れが遮られ、海岸の侵食が深刻化しました。行政はさらなる護岸工事を計画しますが、元世界王者のラビットら地元サーファーは単に反対するのではなく、波の経済価値を論理的に説明し、前代未聞の代替案を提示しました。つまり、抗議ではなく提案をしたのです。これが「砂のバイパス計画」です。海底のポンプで吸い上げた砂を、4キロの地下パイプラインで川の対岸へ送るシステムにより、全長2キロの完璧な地形が誕生しました。この強固な地形があるからこそ、悪条件の風でも世界最高峰の波がブレイクします。「情熱を社会に通じる言葉で語る」という彼らの姿勢は、海岸侵食に悩む日本の海の未来を守るためにも、重要なヒントを示しています。

Photo credittweedsandbypass.nsw.gov.au

ビーチにパイプラインから供給される砂。プロジェクト後()のビーチは白く輝く

 

 

砂を浚渫するパイプライン

 

 何事も批判するだけでなく、代案をもって一緒に進めようという姿勢が人を動かす原動力になるような気がします。 

 最近の日向は「リラックスタウン」を合言葉にしているのでしょうか。その響きもサーフィンに相通じるものがあります。ハワイのように、早朝や夕方、子どもたちが小脇に板をかかえて浜へ向かう町になればいいと思いますが、現実には危険が伴うということで、ハワイのようにはいかない事情もありそうです。

 サーフィンはともかく、コンパクトな町に4つのビーチをかかえている町はそうそうないのではないでしょうか。なんだか「4」は、キャリア教育の目標と同じ数で縁のある良い数字かもしれないと人知れず喜んでいます。

 

 さてワックスもそろそろWARMからTOROPICALに替えるシーズンになってきたようですが、梅雨入りでしょうか。

2026.05.19

風、薫る

 本年度のキャリア教育支援事業が本格的に動き出しています。各校から「よのなか教室」(社会人講話)の依頼が殺到していますし、「14歳のよのなか挑戦」(社会体験学習)の事業所と教職員の研修会へ向けても着々と準備を進めています。

色々な事業所の方に「よのなか先生」として教壇に立っていただくための依頼交渉をする中で、ご本人の活躍を余り存じ上げず、話を聞くと驚く事ばかりです。こんなに凄い経歴の方々が日向にはおられ、仕事に遣り甲斐と誇りを持ちながら生計を立てておられるので、子どもたちには日向の底を実感して欲しいと切に願います。学校はこれからも是非、日向の優れた人材を活用し、子どもたちに日向の地で生き生きと働く大人と出会わせていただきたいと思います。

 

 さて、最近見たテレビの中で、ああこれは何事にも言えることだなと思うセリフがありました。NHK朝の連続ドラマ小説『風、薫る』はご覧になったことはありますか。私はたまに土曜日に見るだけなのですが、「明治のナイチンゲール」と呼ばれた実在の人物である大関和(ちか)と鈴木雅(まさ)をモチーフにした二人のナースが奮闘、成長する物語です。

NHK HP

 

 現在、ダブルヒロインの2人が看護婦養成所で学生として学んでいく過程が描かれています。男性の入院患者が入ってくるのですが、明治の時代に入ったとはいえ、「看護婦」という職業が認知されていないので患者から疎遠にされることも多くあるようです。主人公は献身的に努力をするのですが、結局その患者が退院してしまい、心が通じあえなかったと、養成所の先生に打ち明けるのです。すると先生が、「看護とは見返りを求めてするものではありません。」とピシャリ。

 

 「看護」を「教育」に置き換えるとピタリと一致してしまいます。「教育とは見返りを求めてするものではありません。」と。そのほかの仕事でも同様に一致する職業もあるのではないでしょうか。

 私が教職時代を思い返してみても、反応が返ってこないことは当たり前で、何度も話して良い返事をもらってもまたすっぽかされる。そんなことにも慣れてしまうくらい頻繁に起こってしまうのが現場です。言葉悪く表現すれば、裏切られることも多々あります。それでも信じる、信じ切るのが教育だと思います。思いますが、なかなか現実的には辛いものです。「信じている」と言いながら、心の中では「また裏切られるかも」と冷たい言葉が頭をよぎってしまうのが凡人なのかもしれません。

 そうして子どもたちは卒業していきます。本人の意識改革ができなかった敗北感だけを漂わせながらも、卒業式ではその子がステージに立つ姿になぜか涙が出てきたりもします。「因果な商売」なのかもしれません。振り返ると、その積み重ねが教師としてのキャリア形成であったのでしょう。12歳の小学生が50になって再び会うと、立派に成長し事業所の中核、或いは代表としてキャリアを重ねていることが伝わります。話しながら私は、12歳の顔を思い出し、目の前にいる責任世代の人物の顔を比べながら、時の移ろいの早さよりも、その子がここまでよくぞ生きてきたなと胸中で拍手を送っている自分に気付きます。

 

 こうして時が経ち振り返ると、「あの頃、あの時、この子は自らキャリア発達をしていたのだ。だから生意気な口の利き方をしていたし、反抗的な態度もとっていたのだ。よく成長したな。」と思い巡らせ、さらに「これでいいのだ。」とバカボンの父の心境になれます。それこそ自分自身も年数を重ねることでキャリア発達をしてきたということになります。

 風薫るアラスカの3

 

 多くの事業所の皆様によのなか先生として教壇に立ってただいていますが、これまで同様、センターからの謝礼はできません。それでも快くよのなか先生を引き受けていただいております。「薫る」は「香る」と違い、良い匂いばかりではありません。煙や霧のように前を煙らせ自分の周囲を遮る場合にも使用します。困難に立ち向かい風を薫りながら見返りを求めずに、一緒にキャリア教育に携わっていだたけることに感謝いたします。

 画『風薫る』AI

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