Hyuga City Career Education Support Center
2026.05.28
昨日に続き飽きずにコミュニティ・スクールの話題にお付き合いください。
(「また新たに、子どもたちのために地域行事を復活させようという動きが出た場合」の続きです。)

山口県柳井市HPより

福岡県筑紫野市HPより
すると必ず出てくる意見が「事故があったらどうするのか。」です。これで一同シーンと沈黙し、話合いが終わります。しかし考えてみると、現在続いている祭りでも事故が起きない保証はありませんし、少年団活動でも、あの全国ニュースの高校遠征バス事故や、遊覧船事故のように、学年が上がるごとに、それまでPTA活動に消極的だった方々も巻き込まれ、自家用車に他の家の子を同乗させて移動する機会も出てきます。そうなると、同じことがまた繰り返されます。取り上げた事例は違う事象のように見えるかもしれませんが、誰かに任せっきりという点では同じ事案だと思います。
任せた以上、事故の際に相手に全責任を負わせ追及するというのも、もし、客観的かつ法的に正しい手続きをしていたのなら難しいものがあるかもしれません。ましてや、地域の行事の中で、地域の人たちが完全ボランティアの形で、子どもたちのためにと時間を割いて活動していただいている場面での事故については、ご本人に完全なる失態がある場合は別でしょうが、追及しにくいのが人情かもしれません。地域が顔なじみになり、昭和の「醤油貸して」ではありませんが、「顔なじみ」になってお互いの子どもも地域で叱ることができる関係が最終的に目指す地域の姿ではないかと思います。

2025年五十猛神社大祭パレード

山口県柳井市HPより
厳しい社会情勢の現代を生きる子どもたちにまで、難しい状況を反映させず、すべては子どもたちのため、地域の活性化のため、最後は自分が地域の役に立ったという自己有用感のために今後も盛り上げていくというのはいかがでしょうか。一生懸命に取組んでおられる地域の皆様には無用の老婆心となりました。
台風6号が心配です。週明けあたり、お気を付けください。我々も海は気を付けます。
2026.05.27
本日はまた別のお話を書こうかと思いましたら、来客に「コミュニティ・スクールの記事読んだよ。」と言われ、また続きを書こうと思い立った次第です。
(一昨日の続きです。)現在、日本全体が厳しい社会情勢にあります。賃金上昇と謳っていますが、中小の現場はそう簡単に喜べる状況ではありません。物価上昇が格段のスピードで進んでいるため、家庭におけるエンゲル係数も上がる一方です。そんな状況は理解していますが、それでも子どもたちが子どもでいる時間はどんどん過ぎていきます。長い人生の中で、子どもとして地域で大切に育てられたという思いは残してあげたいものです。
実際に私がそうでした。私は幼い頃から九州内と転々としました。鹿児島でも福岡でも佐賀でも地域に育てられて育ちました。具体的には、地区の活発な育成会活動での行事に参加することで地域との結びつきを強く感じてきたのです。鹿児島の大隅半島では、夏休みのラジオ体操は毎日神社境内で行われ、お祭り行事に参加し、地区の親子会催しも活発でした。福岡では市内を10数か所に分けた町内対抗ソフトボール大会で、2カ月間ほど練習し大会に臨みました。勿論、地区の大人には練習、応援、麦茶の準備を頑張っていただきました。佐賀では、地区のお祭りや、地区代表で市内の大綱引き大会に参加したり、小中合同学年での市内ソフトボール大会へ参加したり、さらに、地区親子会で夏の2泊のキャンプもありました。事前に、地域の大人が熱心に協議し、中学生役員だった私も検討段階から参加していたことを覚えています。

50年前の中学修学旅行「錦江湾チェーン金ヶ浜ドライブイン」
さて、日向の市子連(小学生ソフトボール大会)はどうなったのでしょうか。夏休みのプール開放期間はどれくらいでしょうか。ラジオ体操は・・・。私の事例のように、いずれも40年前には日向市も盛んに実施していました。「忙しい」「難しい」を口にすれば、どんどん行事はなくなっていきます。昔も大人は働きながら、それでも子どものためであればこそ、時間を削って、地域で「お互いさま」と譲り合い、交代しあって踏ん張ってきました。私も、自分の子どもが日向の市子連ソフトボール大会の練習で、近くの公園で練習する時には、指導をしてくださる方に申し訳ないので時々参加していました。

富高小名物?修学旅行2日目朝のラジオ体操(40年前)
かなり以前、PTA保体部会に学校職員として参加したことがありました。夏休みのプール開放期間をどうするかが議題になっていました。その中で「仕事の休みがとれないので、そんなに長い期間で監視に行くことができません。もっと短く、お盆前には終わるようにしてください。」と強く言われる方がいて、一同はそれに従うほかないという雰囲気で決まってしまいました。職員の私が口を出す場面ではありませんが、「ああ、こうやって時代が変わっていくのだ。」と感じたことを覚えています。
案の定、その後、あちこちの学校で、夏休みのプール開放期間がどんどん縮小していきました。当時、我が子が通う日向市の小学校は夏休み期間中8月31日までしっかりプールを開放する「強いPTA」だと誇りに思い、私もしっかりプールの四隅に固定してある椅子に、暑い中2時間じっと耐えて監視しました。ところがこの学校も現在は縮小されています。
もちろん、別の角度からの理由も分かります。水道料金の問題、2学期に水泳の授業が無いのに夏休みに実施する理由など…。しかし、それは本当に開放期間を縮小する理由なのか疑問が残ります。私が新規採用された小学校でも、夏休みの地区プール開放は8月の下旬まで行われ、9月の第2週まで水泳の授業が行われていました。9月はまだ暑かったので、多くの子どもたちは水泳の時間を楽しみにしていました。9月の2週間で「水泳の仕上げ」をし、夏休みを含めた今シーズンにどれくらい泳力が伸びたかの記録会を実施していたのです。同時に、運動会シーズンにも入るので、水泳と並行して運動会の練習も少しずつ入ってきたという忙しさはありましたが、そんなものだと職員も子どもも保護者も思っていたのです。

運動会の定番「綱引き」(40年前)
当時は、運動会が5月にも「こいのぼり運動会」として実施されていましたし、中学校では1年生が行縢少年自然の家に「林間学校」に2泊3日で行っていた時代です。学習指導要領がそういう方向性をもっていたといえばそれまでですが、校時程・週時程そして年間計画が児童生徒の「リズムと変化」のために適切に設定されなければならないのは現在も同じです。
昔のゆとりある行事のまま現在に蘇えらせるというのは無理があるでしょうが、できていたことを持続可能にするために地域の力を借りて続けていくことは大事です。現在の子どもたちが大人になったときに、「自分たちも地域に育てられたからその恩返しだ。」と踏ん張って、子どもたちを地域で育むようにしていくことが「継承」であり、AIにはできない「心のつながり」ではないかと思います。時代と共に人の営みも変化する、変化しなければならないというのも分かりますが。
こうやって机上で話すのは簡単です。では、どこで進めるかと言えば、例えば「保体部会」であったり、「PTA役員会」であったり、要の学校運営委員会や地域学校協働本部であるのではないかと思います。勇気ある一歩としての「今の子たちは可哀そうだ。もう一度、自分たちが支えてもらったような地域活動をしよう。」「ラジオ体操グループに呼び掛けて、地区で集まれそうな所からでもいいから、子どもに広めよう。」などではないかと思っています。(「ならアンタがやれ」と言う声が聞こえそうです。)
う~ん、地域を盛り上げるという話題はどこまでも続きます。色々な角度からの御意見もあると思います。コミュニティ・スクールから外れたでしょうか。本日はこの辺で失礼します。

炊飯遠足時の磯釣り(今はなき風景)
2026.05.26
人類について、現在のホモ・サピエンスより400万年ほど前のアウルトラロピテクスと言われる二足歩行の猿人は石器(礫石器)を使っていたことが分かっています。といっても石ころみたいなものです。また、ベンジャミン・フランクリンの名言に「人間は道具をつくる動物である」があります。これは、人間が創造力を持ち、さまざまな道具や技術を生み出してきたことを示しています。道具は私たちの生活を便利にし、仕事を効率的に進める手助けをしてくれます。
人間が道具で可能性を広げるということを5月8日のブログで書きました。ロッククライミングでカムが取れなかったその後というお話です。
その翌週の日曜日、性懲りもなく北方町比叡山へ向かいました。


下手な絵

下手にもほどがある

難ルートに挑戦
折角なので、難しいルートでトレーニングしてから、目的のカムの場所へ向かいました。1ピッチ登ってカムの地点まで懸垂下降で下ります。2人それぞれで懸垂下降をして下りながら、途中に張り出している邪魔な草や枝を鋸で切り落とすという、いわゆるルート整備をしました。こうやって地元のクライマーが整備することで、登りやすい岩場が保たれるのです。
ようやく残置カムの場所に来ました。ところが、相方がピアノ線回収機で何度トライしてもカムは出てきません。隙間といっても岩は水平の隙間ではなく凹凸があるために動いてもまた引っかかるのです。

格闘
次に私が自分の改良機でトライしました。まったく動きません。それではと、2つの回収機を使ってねじったりしていると3cmほど動きましたが、また奥に入り込んで動かなくなりました。その後30分ほど格闘しましたがダメでした。彼は「ここまでやってダメだったから諦めがつきました」と敗北宣言でした。

ここから動かない!

懸垂下降
それでも人類は今後も道具を深化させ、今以上の優れものを開発していくのでしょう。AIロボットしかりです。私もファーストフード店でロボットに配膳してもらったことがあります。それをも含めて現代の道具の進化・工夫について達成した形でお話したかったのですが、単に2週連続岩場に通うクレイジークライマーのお話になってしまいました。それも人間臭さの良い面だとお許しください。
梅雨に入りそうで、入らない微妙な季節となっています。お体をご自愛ください。
2026.05.25
コミュニティ・スクール、いわゆる学校運営協議会制度についての研修会が先週、サンドーム日向で実施されました。市内各小中学校の管理職、学校運営協議会委員、地域コーディネーター、教育委員会などが一堂に集まりました。サンドームという会場は新鮮でしたが、「コミュニティ・スクールはどうすればよりよく機能するか」という研修テーマに私は、「まだ課題しかないのか。」と少し後ろ向きな気持ちを持ってしまいました(失礼)。というのも20年前に宮崎県で導入された頃、担当として取組を開始していたので、20年経過しても「どうすれば」と言っていることに残念な気持ちもありました。後ほど詳しく書きます。

研修当日は教育委員会による説明の後、パネルディスカッションが設定され、現場の教頭先生代表、地域コーディネーター代表、そして以前コミュニティ・スクールの立ち上げ時に携わった私の3人がパネラーになりました。意見の中では、学校運営協議会委員と学校が気軽にいつでも情報交換できる、つまり自由に学校を訪問できる関係づくりが重要であることや、地域の活性化につなげる視点が大切であることなどで、意見は一致したようです。
このディスカッションの中で申し上げたのですが、20年前に私が学校の事務局担当として整理した課題は、「年3回程度の協議会のみでは学校の経営、推進状況を把握することは難しい。」でしたが、20年後の現在もその感想を持ってしまうことに手ごわいものだと改めて感じました。さらに、学校と地域を強く気軽に結びつけることの難しさを痛感した次第です。(後の各学校での協議では、情報交換が前進している所も確認できホッとしました)

文科省は「学校が地域住民等と目標やビジョンを共有し、地域と一体となって子供たちを育む『地域とともにある学校づくり」を推進しています!』と言っていますが、そんな簡単なものじゃないということは参加された学校運営協議会委員やコーディネーターの皆さんが一番感じておられることと思います。
それでも希望を失ってはいけないので、研修会後半の各学校ごとに分かれた協議・演習では、「こうすれば結びつきを強化できるのではないか。」と、児童生徒の地域行事への参加や学校参観日への積極的な参加などを真剣に話し合っておられる熱い姿に希望を見いだしました。

過去の20年はリセットし、これからの20年こそコミュニティ・スクールが機能するのではないかと感じた研修会になりました。当日に各グループで話し合い記録した模造紙は、ぜひ、次の研修会でもテーブルに並べていただき、その後「どうなったか」と評価・反省をしたいものです。できなかった部分も必ず出てきます。だからこそ、「何ができない原因か。」「ではどうするか。」そうやって一歩ずつ前進します。そして年度末には、できたこととできなかったことを端的な言葉で整理して、次年度、次の役員に申し送ります。そのまま学校の教職員全員にも成果と課題を共有します。そうすることで、教職員の異動や協議会委員が任期満了で交代になっても、実践は引き継がれていきます。この情報(成果と課題)の全周知ができるかに持続可能なコミュニティ・スクールの成否がかかっていると思います。

コミュニティ・スクールについては次回に続きます。
2026.05.21
昨日、宮崎県教育県教育研修センターで市町村キャリア教育支援センターのスタッフが集まる協議会が実施されたので参加してきました。
各地区のキャリア教育の熱い取組が紹介され刺激を受けてきました。

小林市もガンバル

延岡市もガンバル
「よのなか教室をもっと学校が主体的に実施できるように支援していく必要がある。」「学校をもっと訪問し色々な意見を聞いていく。」「教職員が異動することで学校の体制が変わりがちになるので、そこをしっかりと支援していく。」「キャリア教育に熱心に打ち込むことで自分自身も変わることができたという教職員にも出会った。」「事業所の皆さんと教職員がもっと話す時間を作る。」など、多くの意見の中からヒントとなるものを吸収し、日向市のキャリア教育に繋げていきたいと誓いながら梅雨入り直前の宮崎を後にしました。

宮崎市もガンバル

日向市もガンバル
2026.05.20
私が以前勤務していた高鍋町はコンパクトシティでした。歴史・文化、経済・産業など総合的に文教の町と自称しているだけあると思いました。一方の我が日向市を考えると、これまた市内どこからも海まで20分以内で行くことができ、風光明媚で自然豊か、東郷町の冠岳からもお倉ヶ浜が見えます。私は日向もコンパクトシティではないかと思っています。少し前まで日向市は「リラックスサーフタウン」の愛称を使用していたように、サーフィンするなら日向でしょ、とうちのスタッフも一押しです。「舟人でしょ。いやGIでしょ。」・・・
宮崎では青島や木崎浜などが海岸の浸食によって砂の流出が問題になったことがあり、現在も影響していると思われます。そんな時どのような対応がとられたのか。オーストラリアの事情は発想のスケールが大きいだけでなく、建設的な代案でスタートしたところにポイントがありそうです。今日はそんなサーフィンに関する話題を最近のTHE SURF NEWSからお伝えします。
オーストラリアのゴールドコーストにある「スーパーバンク」は、行政の土木技術とサーファーの情熱が融合して生まれた奇跡の波です。1960年代、河口の突堤建設により砂の流れが遮られ、海岸の侵食が深刻化しました。行政はさらなる護岸工事を計画しますが、元世界王者のラビットら地元サーファーは単に反対するのではなく、波の経済価値を論理的に説明し、前代未聞の代替案を提示しました。つまり、抗議ではなく提案をしたのです。これが「砂のバイパス計画」です。海底のポンプで吸い上げた砂を、4キロの地下パイプラインで川の対岸へ送るシステムにより、全長2キロの完璧な地形が誕生しました。この強固な地形があるからこそ、悪条件の風でも世界最高峰の波がブレイクします。「情熱を社会に通じる言葉で語る」という彼らの姿勢は、海岸侵食に悩む日本の海の未来を守るためにも、重要なヒントを示しています。

Photo credit:tweedsandbypass.nsw.gov.au

ビーチにパイプラインから供給される砂。プロジェクト後(下)のビーチは白く輝く
砂を浚渫するパイプライン
何事も批判するだけでなく、代案をもって一緒に進めようという姿勢が人を動かす原動力になるような気がします。
最近の日向は「リラックスタウン」を合言葉にしているのでしょうか。その響きもサーフィンに相通じるものがあります。ハワイのように、早朝や夕方、子どもたちが小脇に板をかかえて浜へ向かう町になればいいと思いますが、現実には危険が伴うということで、ハワイのようにはいかない事情もありそうです。
サーフィンはともかく、コンパクトな町に4つのビーチをかかえている町はそうそうないのではないでしょうか。なんだか「4」は、キャリア教育の目標と同じ数で縁のある良い数字かもしれないと人知れず喜んでいます。
さてワックスもそろそろWARMからTOROPICALに替えるシーズンになってきたようですが、梅雨入りでしょうか。
2026.05.19
本年度のキャリア教育支援事業が本格的に動き出しています。各校から「よのなか教室」(社会人講話)の依頼が殺到していますし、「14歳のよのなか挑戦」(社会体験学習)の事業所と教職員の研修会へ向けても着々と準備を進めています。
色々な事業所の方に「よのなか先生」として教壇に立っていただくための依頼交渉をする中で、ご本人の活躍を余り存じ上げず、話を聞くと驚く事ばかりです。こんなに凄い経歴の方々が日向にはおられ、仕事に遣り甲斐と誇りを持ちながら生計を立てておられるので、子どもたちには日向の底力を実感して欲しいと切に願います。学校はこれからも是非、日向の優れた人材を活用し、子どもたちに日向の地で生き生きと働く大人と出会わせていただきたいと思います。
さて、最近見たテレビの中で、ああこれは何事にも言えることだなと思うセリフがありました。NHK朝の連続ドラマ小説『風、薫る』はご覧になったことはありますか。私はたまに土曜日に見るだけなのですが、「明治のナイチンゲール」と呼ばれた実在の人物である大関和(ちか)と鈴木雅(まさ)をモチーフにした二人のナースが奮闘、成長する物語です。
NHK HP
現在、ダブルヒロインの2人が看護婦養成所で学生として学んでいく過程が描かれています。男性の入院患者が入ってくるのですが、明治の時代に入ったとはいえ、「看護婦」という職業が認知されていないので患者から疎遠にされることも多くあるようです。主人公は献身的に努力をするのですが、結局その患者が退院してしまい、心が通じあえなかったと、養成所の先生に打ち明けるのです。すると先生が、「看護とは見返りを求めてするものではありません。」とピシャリ。
「看護」を「教育」に置き換えるとピタリと一致してしまいます。「教育とは見返りを求めてするものではありません。」と。そのほかの仕事でも同様に一致する職業もあるのではないでしょうか。
私が教職時代を思い返してみても、反応が返ってこないことは当たり前で、何度も話して良い返事をもらってもまたすっぽかされる。そんなことにも慣れてしまうくらい頻繁に起こってしまうのが現場です。言葉悪く表現すれば、裏切られることも多々あります。それでも信じる、信じ切るのが教育だと思います。思いますが、なかなか現実的には辛いものです。「信じている」と言いながら、心の中では「また裏切られるかも」と冷たい言葉が頭をよぎってしまうのが凡人なのかもしれません。
そうして子どもたちは卒業していきます。本人の意識改革ができなかった敗北感だけを漂わせながらも、卒業式ではその子がステージに立つ姿になぜか涙が出てきたりもします。「因果な商売」なのかもしれません。振り返ると、その積み重ねが教師としてのキャリア形成であったのでしょう。12歳の小学生が50歳になって再び会うと、立派に成長し事業所の中核、或いは代表としてキャリアを重ねていることが伝わります。話しながら私は、12歳の顔を思い出し、目の前にいる責任世代の人物の顔を比べながら、時の移ろいの早さよりも、その子がここまでよくぞ生きてきたなと胸中で拍手を送っている自分に気付きます。
こうして時が経ち振り返ると、「あの頃、あの時、この子は自らキャリア発達をしていたのだ。だから生意気な口の利き方をしていたし、反抗的な態度もとっていたのだ。よく成長したな。」と思い巡らせ、さらに「これでいいのだ。」とバカボンの父の心境になれます。それこそ自分自身も年数を重ねることでキャリア発達をしてきたということになります。
風薫るアラスカの3月
多くの事業所の皆様によのなか先生として教壇に立ってただいていますが、これまで同様、センターからの謝礼はできません。それでも快くよのなか先生を引き受けていただいております。「薫る」は「香る」と違い、良い匂いばかりではありません。煙や霧のように前を煙らせ自分の周囲を遮る場合にも使用します。困難に立ち向かい風を薫りながら見返りを求めずに、一緒にキャリア教育に携わっていだたけることに感謝いたします。
画『風薫る』AI
2026.05.18
先週、市内各小中学校の先生方が集まり「日向学びの学校研修会」(キャリア教育)が行われました。
初めは教育委員会から、日向市で取り組むキャリア教育の全体像の説明になります。「私たちが目指す『未来を担う人』の3つの姿」では、「日向市で成長し活躍する人」「日向市に帰り活躍する人」「日向市を外から支え応援する人」といういずれかの姿で日向を応援することができる大人に育てましょうという内容でした。セカンドキャリアで帰って来たときの受け皿として、たくさんある事業所を思い起こしてもらいたいと思います。
続いて、私のプレゼンテーションは「4つの力を目指す日向市のキャリア教育~よのなか教室の実際~」というテーマでお話しました。このブログでいつも書いていますが、キャリア教育の「4つの力」(かかわる力、見つめる力、やりぬく力、見通す力)に焦点化したキャリア教育を進めていることを紹介しました。今回は、日向市に初めて転入された先生方もおられるため、このように日向市で取り組んでいるキャリア教育の基礎からお話しました。
後半では、「よのなか教室」の模擬授業をスタッフが「よのなか先生」役と学校の先生(学担:ファシリテーター)役になり実演しました。
研修後のアンケートにも、「模擬授業で実際の雰囲気が分かりました。」や「ファシリテーターのやり方が参考になりました。」「よのなか教室がどのような形で実施されるのかが分かり易かった。」などの感想が出されました。
今回は、中学校区ごとの演習の時間を確保しました。「ここで社会人を呼んで話をしてもらおうか。」「事前学習も入れるように言っていたけど、教育課程上はなかなか難しいなあ。」と率直な意見交換がなされていました。
キャリア教育は総合的な学習の時間だけでするものではありませんし、むしろ中核となる学級活動の中で進路指導や生き方の学びとして学習することがあります。ですから学級活動に「よのなか教室」を位置づけても、それが目標に合致していれば問題はありません。要は、キャリア教育が「生き方実現の教育」であるという目的をどうクラス・学年単位に引き込むかということになります。
各校区で真剣な話し合いがなされ、演習の感想では、「キャリア教育に絞った校区内での協議ができてよかった。」や「学年の担当が年々修正していくため、全体としての系統性やバランスを整理する必要がある。」「この研修内容を学年に広げていくことが難しい。(時間の確保)」など、切実な課題を出していただきました。
研修講話の総合評価には「知っていることが多かった」との意見もあり、これは私として反省していかなければなりません。現在はQRコードですぐに評価を回収、集約できるので便利な時代になりました。
このブログは学校関係者だけでなく事業所の方、一般の方など広く読んでいただいております。今回の研修の報告で、学校現場が大変苦慮しながら、それでも日々頑張っていることが少しは伝わったでしょうか。学校の教職員は教科学習や進路指導、生徒指導、部活動指導など多くの課題を抱えながら、人権教育、環境教育、健康教育などなど、実に多くの○〇教育をしていかなければなりません。その上で当センターとしては、トータルで児童生徒の生き方実現につなげやすいキャリア教育を頑張りましょう、と呼び掛けています。
事業所と学校が、「日向の大人はみな子供たちの先生」として手を取り合って子どもたちが未来へのキャリアを重ねていけるように、すべての皆様に見守っていただきたいと思います。
次回のキャリア教育研修は6月になります。今度は中学生の「よのなか挑戦」にテーマを絞って、事業所の皆さんにも参加を頂き意見交換を行います。
2026.05.14
最近の雑誌から。
すかいらーく創業者で高倉町珈琲会長の横川竟(きわむ)氏は、「人間は何で磨かれるのか。それは経験を積むことです。・・・自ら気付かない限り、いくら人に言われても身に付きません。挑戦と失敗を繰り返して学び続けることが、自分を磨き高めることになる。」と語られていますが、血のにじむような努力は到底真似できることではありません。店頭に傘のビニル袋を置いたこと、コーンスープにコーンが入っていること。これらは横川氏が始めたことだそうで、人のやらないことをやるをモットーに実践されてきたとのことです。
高倉町珈琲HP
また、日高屋創業者でハイデイ日髙会長の神田正氏は「人間を磨くうえで大事なのは素直・謙虚でいること」だと言われます。こちらは、「枯れ葉や蛇の浮く水たまりから水を引いての生活」という極貧の生活の中でも、傷痍軍人の父に代わり母親が懸命に育ててくれたことが原点にあるそうです。
日髙屋HP
監視カメラレンタルのMIYOSHI社長佐藤英吉氏は、早くにがんで亡くなった母親が楽器をフィリピンに贈る慈善活動をされていた生き様が根底にあるようで、「我々の行動が誰かの希望になっている」と「利他の精神」から「寄付経営」というスタイルを続け、社会貢献や社員の誇り、一体感を目指されています。
産経新聞
円谷英二監督のプロダクション創成期からのスタッフで映像制作プロダクションSORA1代表の田中敦子氏も「記録は記憶。正しく記録して残せば、風化した時の検証材料になる。」と、決して支援金やスポンサーを付けて忖度し真実を曲げることはしないという姿勢を貫く方です。東日本大震災の裏側を記録したドキュメンタリーを全編見てみたいと思いました。
SORA1 HP
それぞれの方が自分の向く方向へ猪突猛進されて今があるのだと思いますが、共通するのは人に恵まれたことではないかと思います。しかし、単に周囲がご本人に目をかけてくれたということではなく、ご自分が声を掛けられる存在であったということが大きいと思います。それは、真っすぐに突き進むために、先達からのアドバイスを素直に受け入れ、謙虚に行動する態度、姿勢をもっていたからこそ、先輩方が力を貸してくれたのではないでしょうか。そういう意味で「ありのまま」であったのであり、その後の進む姿勢も「ありのまま」突き進まれ、現在があるのだと思います。Just the way you are.は、孫の保育園のお寺に書いてあった言葉です。「そのままの君で」と添え書きがありました。
歳を取るとどうも頭が頑固になってきている実感があります。これではいかんと、多くの人の意見を聞いたり、このように色々な先達のお話を読んだりして、少しでも固くならない頭にしようと日々精進であります。
The more stubborn you are , the more isolated you become.(頑固になればなるほど孤立するよ)
2026.05.13
昭和歌謡と言えば皆さんは誰を思い浮かべるでしょうか。私もたくさんおります。その一人ちあきなおみさんの大ヒット曲「喝采」は、まだ小学校中学年だった私には力強い歌と自己主張をするような手の上げ方が印象的な歌くらいにしか感じ取っていませんでした。この歌が一人の女性歌手の悲恋を書いたものだったと知るのはずっと後になってからのことです。
YouTubeオフィシャルオーディオ
「恋の歌うたうわたしに 届いた報らせは 黒いふちどりがありました」「教会のまえにたたずみ喪服のわたしは祈る言葉さえ 失くしてた」
作詞の吉田さんが歌を完成させた後、それを見たちあきさんはご自分の実体験と重なってしまって驚き、とても歌えないと言われた話も残っています。
本日は歌謡曲のお話ではなく、大ヒット曲の裏側にある人の「別れ」という誰にも訪れす命題に対して、命を伸ばす医療分野に果敢に挑戦する高校生がいるという記事を「高校生新聞」に見つけましたのでご紹介します。
富山県の高専2年生・張契洙(チャン・ソルス)さんは、独学で医学や工学といった知識を身に付けながら未だない「完璧な人工心臓」の開発に挑んでいるそうです。
小3時の手塚治虫監修漫画に興味をもち、小6から独学で研究を続けているそうです。今の人工心臓は約1800万円と高価なのでコストを下げるために、レアアースを使わないモーターの開発に取り組んでいるということですが、その構造は私には理解できません。
高校生新聞
学校から帰宅後夕食や入浴、学校の課題やピアノ練習を終えた後、夜8時から11時まで研究を続け、休日には、朝7時半から夜まで一日中研究に没頭するといいますから頭が下がります。医療や産業分野の難しい専門書も読み、徹底的に独学を貫く姿に、医療の勉学は医学部でという固定概念を覆すだけでなく、学問はいつでもどこでもできるという向学精神を見せつけられた気がします。(ここもDo What to likeでしょう)
「行き詰まった時は、家族や先生に相談します。異なる視点からの意見が新たな発想につながります。」と柔軟な姿勢もあり、飽くなき追究精神で「終わりがないから進められる。終わりがないからこそ、どんどん研究を進めていけます。」と、きっと本日も夜中まで研究に没頭するのでしょう。
同前掲
近い将来、張さんが開発した人工心臓で多くの人が救われる日が来るでしょう。彼が喝采を浴びる日を待ちたいと思います。或いは、私自身もお世話になるかもしれません。いやお世話にならない健康の方がいいのでしょう。今更ながら、この世で100%分かっていることは「人は死ぬ」ということです。スポットライトを浴び一世を風靡した冒頭のちあきなおみさんも大切な人との別れを経験されました。少しでも医療技術の革新で救われる命が増えることを願いたいと若い研究者に期待します。
さて、ちあきなおみさんと言えば、もう一つのヒット曲「四つのお願い」があります。現在のキャリア教育では「四つのお願い」ではなく基礎的・汎用的能力である「四つの力」の獲得を目指すプラグラムを提供しています。「人間関係」や「課題への対応」などの能力になります。しかしこれは、健康であればこその学校教育の中で養われる学習目標になりますので、まずは健康で学校に通えることを願います。今後は、学校に通えていない児童生徒に対するプログラムも考えていかなければならない時代に入っていると感じています。
キャリア教育では「四つのお願い聞いてほしいの」と甘く囁いても「四つの力」は獲得できませんので、事前学習にて「聞き取るポイント学習」を、そして本番のよのなか先生の学習で「四つの力」のどれか一つでも獲得してもらえるように「事前・本番のセット学習」を推奨しています。
学校は5、6年で職員が大きく入れ替わります。また、事業所も人事異動は行われることと思います。そうすると、日向市のキャリア教育を持続的に発展させていくためにも当キャリア教育支援センターの役割は大きいと認識しながら「それでも私は今日も…歌っている」(♬「喝采」)ように向上し続けたいと思います。あくまでも「喝采」を浴びるのは子どもたちであることを肝に銘じながら・・・。
お気軽にお問い合わせください。
0982-57-3522
受付時間 8:30~17:00