Hyuga City Career Education Support Center
2026.05.27
本日はまた別のお話を書こうかと思いましたら、来客に「コミュニティ・スクールの記事読んだよ。」と言われ、また続きを書こうと思い立った次第です。
(一昨日の続きです。)現在、日本全体が厳しい社会情勢にあります。賃金上昇と謳っていますが、中小の現場はそう簡単に喜べる状況ではありません。物価上昇が格段のスピードで進んでいるため、家庭におけるエンゲル係数も上がる一方です。そんな状況は理解していますが、それでも子どもたちが子どもでいる時間はどんどん過ぎていきます。長い人生の中で、子どもとして地域で大切に育てられたという思いは残してあげたいものです。
実際に私がそうでした。私は幼い頃から九州内と転々としました。鹿児島でも福岡でも佐賀でも地域に育てられて育ちました。具体的には、地区の活発な育成会活動での行事に参加することで地域との結びつきを強く感じてきたのです。鹿児島の大隅半島では、夏休みのラジオ体操は毎日神社境内で行われ、お祭り行事に参加し、地区の親子会催しも活発でした。福岡では市内を10数か所に分けた町内対抗ソフトボール大会で、2カ月間ほど練習し大会に臨みました。勿論、地区の大人には練習、応援、麦茶の準備を頑張っていただきました。佐賀では、地区のお祭りや、地区代表で市内の大綱引き大会に参加したり、小中合同学年での市内ソフトボール大会へ参加したり、さらに、地区親子会で夏の2泊のキャンプもありました。事前に、地域の大人が熱心に協議し、中学生役員だった私も検討段階から参加していたことを覚えています。

50年前の中学修学旅行「錦江湾チェーン金ヶ浜ドライブイン」
さて、日向の市子連(小学生ソフトボール大会)はどうなったのでしょうか。夏休みのプール開放期間はどれくらいでしょうか。ラジオ体操は・・・。私の事例のように、いずれも40年前には日向市も盛んに実施していました。「忙しい」「難しい」を口にすれば、どんどん行事はなくなっていきます。昔も大人は働きながら、それでも子どものためであればこそ、時間を削って、地域で「お互いさま」と譲り合い、交代しあって踏ん張ってきました。私も、自分の子どもが日向の市子連ソフトボール大会の練習で、近くの公園で練習する時には、指導をしてくださる方に申し訳ないので時々参加していました。

富高小名物?修学旅行2日目朝のラジオ体操(40年前)
かなり以前、PTA保体部会に学校職員として参加したことがありました。夏休みのプール開放期間をどうするかが議題になっていました。その中で「仕事の休みがとれないので、そんなに長い期間で監視に行くことができません。もっと短く、お盆前には終わるようにしてください。」と強く言われる方がいて、一同はそれに従うほかないという雰囲気で決まってしまいました。職員の私が口を出す場面ではありませんが、「ああ、こうやって時代が変わっていくのだ。」と感じたことを覚えています。
案の定、その後、あちこちの学校で、夏休みのプール開放期間がどんどん縮小していきました。当時、我が子が通う日向市の小学校は夏休み期間中8月31日までしっかりプールを開放する「強いPTA」だと誇りに思い、私もしっかりプールの四隅に固定してある椅子に、暑い中2時間じっと耐えて監視しました。ところがこの学校も現在は縮小されています。
もちろん、別の角度からの理由も分かります。水道料金の問題、2学期に水泳の授業が無いのに夏休みに実施する理由など…。しかし、それは本当に開放期間を縮小する理由なのか疑問が残ります。私が新規採用された小学校でも、夏休みの地区プール開放は8月の下旬まで行われ、9月の第2週まで水泳の授業が行われていました。9月はまだ暑かったので、多くの子どもたちは水泳の時間を楽しみにしていました。9月の2週間で「水泳の仕上げ」をし、夏休みを含めた今シーズンにどれくらい泳力が伸びたかの記録会を実施していたのです。同時に、運動会シーズンにも入るので、水泳と並行して運動会の練習も少しずつ入ってきたという忙しさはありましたが、そんなものだと職員も子どもも保護者も思っていたのです。

運動会の定番「綱引き」(40年前)
当時は、運動会が5月にも「こいのぼり運動会」として実施されていましたし、中学校では1年生が行縢少年自然の家に「林間学校」に2泊3日で行っていた時代です。学習指導要領がそういう方向性をもっていたといえばそれまでですが、校時程・週時程そして年間計画が児童生徒の「リズムと変化」のために適切に設定されなければならないのは現在も同じです。
昔のゆとりある行事のまま現在に蘇えらせるというのは無理があるでしょうが、できていたことを持続可能にするために地域の力を借りて続けていくことは大事です。現在の子どもたちが大人になったときに、「自分たちも地域に育てられたからその恩返しだ。」と踏ん張って、子どもたちを地域で育むようにしていくことが「継承」であり、AIにはできない「心のつながり」ではないかと思います。時代と共に人の営みも変化する、変化しなければならないというのも分かりますが。
こうやって机上で話すのは簡単です。では、どこで進めるかと言えば、例えば「保体部会」であったり、「PTA役員会」であったり、要の学校運営委員会や地域学校協働本部であるのではないかと思います。勇気ある一歩としての「今の子たちは可哀そうだ。もう一度、自分たちが支えてもらったような地域活動をしよう。」「ラジオ体操グループに呼び掛けて、地区で集まれそうな所からでもいいから、子どもに広めよう。」などではないかと思っています。(「ならアンタがやれ」と言う声が聞こえそうです。)
う~ん、地域を盛り上げるという話題はどこまでも続きます。色々な角度からの御意見もあると思います。コミュニティ・スクールから外れたでしょうか。本日はこの辺で失礼します。

炊飯遠足時の磯釣り(今はなき風景)
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