Hyuga City Career Education Support Center
2026.06.08
先週、東郷学園若竹分校の中学生が体験学習としてSEIKADO様を訪れフルーツサンド作りを行いました。到着するや早速着替え、手洗いをして準備万端です。
SEIKADOの緒方康彦さんから作業工程の説明を受けた後にフルーツサンド作りが始まりました。初めに、パン生地の上に乗せるイチゴをカットします。生徒の皆さんは初めての体験に緊張したりブツブツつぶやいたりしながらも上手にカットすることができました。続いて、パン生地にクリームを乗せます。「敷く」と言った方が良いのか専門用語が分かりませんが、両手でクリームを絞って、スキー場の圧雪車が掛けるピステンのように(余計わからん!)縞模様が入った平らなクリームを4列くらいパン生地に絞り出していきます。その上にイチゴを乗せてさらにクリームを乗せます。この工程が一番緊張するようです。それもそのはず、生徒にとっては完成形が分からないのですからすべてが未知の体験になります。

クリームのあとには最後のパン生地をかぶせてラッピングします。本来なら一晩冷蔵庫で寝かせるそうですが、今回は生徒に試食させようと緒方さんが早めに冷蔵庫から取り出してくださいました。さあ最後のカッティングに入ります。

カット専用の大きな洋包丁を持つ生徒は職人さながらです。緒方さんのアドバイス通りにはうまくいきませんが、全員がラップの上から仕上がったフルーツサンドを4等分にカットしました。

いよいよ試食の時間です。自分で仕上げたフルーツサンドの味は「おいしい。」「うまい!」「うん、うん」と肯定的な感想が飛び出すほど生徒にとって嬉しい時間となりました。東郷学園本校の校長先生もお見えになり、生徒が手作りサンドを贈られました。試食中には、生徒から「一日の来客数は?」や「何年やってますか?」、「やりがいは何ですか?」、「売り上げはどれくらいですか?」など実に率直でユニークな質問が飛び出し、緒方さんは一つ一つに丁寧に答えてくださいました。また、スタッフの方も生徒の扱いに大変慣れておられて、気さくにテンポよく対応してくださいました。「学問なき経験は、経験なき学問に勝る」という言葉があるように、机上であれこれ聞くより、体験することが人間関係形成の上でも一番の財産になるということを私も改めて感じた時間になりました。こうして市内の事業所の皆様が東郷学園若竹分校の生徒を温かく受け入れていただくことで、生徒の皆さんの社会性が培われていくのだと実感しました。午前中の一番お忙しい時間帯に生徒の受入を快く引き受けていただいたSEIKADO様には感謝申し上げます。
夢へのトライとはいえ、直接的関係はないのですが・・・。🚀
明後日、6月10日(水)H3の6号機、30形態が種子島宇宙センターから打ち上げられます。9時59分という最新の情報です。天気予報が雨70%です。どうなるでしょうか。日向の(株)矢野産業日向支店はお分かりですか?日向ICの南西側の上空を向いてください。ちょうどその発破現場の稜線から白い煙がシュルシュルと上り、時間と共に煙が強く蛇行した曲線として上空へ伸びていくのが分かります。打ち上げを期待しましょう。
2026.06.04
世の中にはどうしても人々を分類したがる傾向が見られます。私は好まないのですが、血液型だの、星座だの、ありとあらゆる分類がまかり通っています。そのほとんどが科学的根拠のないものなので気にするだけ無駄な時間だと流しています。
そんな分類の中に「デジタル人間」「アナログ人間」というものが最近目立っているようです。これもどこかで個人を線引きできるものではないのですが、「あなたは?」と問われると困ってしまいます。どちらもあるからです。しかし、一日の中でパソコンやスマートフォン、そしてそれらを繋ぐガジェットと呼ばれる類の物を扱っている時間は確かに長いです。そうなると「デジタル人間化」しているのかもしれません。時折、「あれっ、この漢字どう書くのだったっけ?」などと、恐ろしい記憶の飛散を実感することもしばしばです。こうなると、デジタル化の影響なのか、加齢によるものなのか分からなくなりますが。

ガジェット
さて、本日はそんな日常の不安にぐさりと矢を突き刺してくれる文章を俵万智さんの投稿に見つけましたので紹介します。俵万智さんと言えば『サラダ記念日』ですが、宮崎にも長く住んでおられて、日向市で毎年行われる高校生の『牧水短歌甲子園』の審査員もされていました。最近も時折テレビで拝見し、息子さんとの短歌でのやり取りなど、親子の絆にも心安らいだばかりです。

歌人 俵万智さん
そもそも論ですが、人類が道具を必要とするのは「こんなことができたらいいな」「こんなことができなくて不便だな」が出発点だと思います。私自身は、紙の教科書で学び、紙の教科書で教え、そういった気持ちになったことは一度もありませんでした。必要にして十分な環境にいるのに、デジタルの教科書から「こんなことできますよ」「あんなことしてみませんか」と言われているわけですが、「わあ便利! こういうの欲しかった」とはならないなあというのが実感です。むしろ、弊害のほうが怖い。 (略)
今の時代、電子機器といかに距離をとらせるかに、頭を悩ませている保護者は多いと思います。「え、それなのに学校で積極的にデジタル端末に触らせてしまうの?」というのが正直なところです。私自身は、機械に弱いので的外れな言い方になっているかもしれません。電子辞書を初めて使ったとき、鳥の鳴き声(今なら動画?)が出てきて「おお」と嬉しくなった経験はあります。けれど、文字の説明と、実際の鳥に会う経験との中間に「これって、いる?」とも思いました。デジタル情報は、中途半端に会った気にさせます。端末を手にすることで気が散る、子どもには情報量が多すぎる、検索して手軽に結論を得る癖がつく、視力の低下……聞こえてくる弊害は多々あります。その解決策が示されないまま導入することは、大げさに言えば人体実験ではないでしょうか。子どもの人生は一度きりです。もっと慎重になるべきだと思います。
最後に、さらに「そもそも」なことを言いますと、教育にとって大事なのは、教科書よりも教員です。優秀な人、素敵な人が教員になれば、紙とかデジタルとか関係ありません。デジタルに使うお金があるなら、先生がたの給料を上げたほうが、よっぽどいいのではないでしょうか。
もともとこの文章は、「デジタル教科書」を問い直す~危ぶまれる子どもたちの思考力~という文字・活字文化推進機構において俵さんが投稿されたものになりますので、紙の教科書の利点を強調されています。この部分のみで判断するべきではないので、ほかの投稿者の文章も読んでみたいと思います。
それはそうと、私も現役教員時代の終盤はデジタル機器を駆使して映像による理解の早さを求めていたようにあります。また、子どもにスマホを持たせるべきではないと思いつつも、学校では徐々にタブレットが導入されようとしていました。俵さんの最後の言葉「デジタルより教員に投資」には説得力があります。私のアプローチとしては、「お金がないなら、教員の給料を3分の2にして、週を半分にして勤務させる2人体制にすればよい。」とぶっ飛んだ方策を考えます。実際にアメリカの州では実施されているところもあり、週前半の校長と後半の校長が、水曜日午後に引継ぎをして、「じゃあ、後はよろしく。」と帰宅するそうです。

東京書籍デジタル教科書
私は孫に絵本を読んで聞かせる機会があります。いろいろな絵本があるのですが、その中にデジタルを組み合わせたものがあります。俵さんの話にあった「声の出る本」です。動物の写真をタッチすると鳴き声が聞こえてくるのです。孫は鳴き声と写真からその動物を理解するようになったのですが、言われてみれば「知ったようになる」だけのことで、実際の動物園で見る動物の臭いや息遣い、迫力といったものは伝わらないと思います。
以前、いつかどこかであった事件のように、幼児が怖い動物にスーッと近づいて怪我をしたというのも、何らかの危険予知ができない状況があったのかと思い出した次第です。便利なものを活用することは人間の進化の過程では当然の成り行きですが、そこには自身の生き方のスピードにマッチした丁度良い「塩梅」を加減することが必要なのだと今後も考え続けたいと思います。
2026.06.03
台風6号では被害はなかったでしょうか。原油高騰に加え、自然災害への対応など多く打撃を受けている方もおられると思います。それでも乗り越えないといけないので厳しいものです。いっときでも忘れられればと、本日は山の話をご提供します。
私はこれまで北アルプスの冬山を中心に、夏も幾度となく訪れました。北アルプスというのは本来飛騨山脈と言われている部分になります。北は糸魚川の親不知から発する栂海(つがみ)新道を経て白馬岳(しろうまだけ)に達し、五龍、鹿島、針ノ木、水晶など名だたる後立山連峰を越えて、南部の名峰槍ヶ岳へと通じます。今「後立山連峰」と言いましたが、その名の通り「前立山連峰」もある訳です。ただ「前」は付かず「立山連峰」と呼んでいます。剱岳に始まり、最高峰の立山(雄山=おやま)を経て、絶景紅葉の五色ヶ原、薬師岳、黒部五郎岳とずらりとこちらも名峰が並んでいます。この二つの連山は三俣蓮華岳で合流し、槍ヶ岳へと繋がります。ちなみに、この二つの合流点である三俣蓮華岳から後立山連峰へ少し入り込んだところに、昭和のスター野口五郎さんの名前の由来である野口五郎岳があります。(失礼、今も現役で歌っておられますね。)

立山は日本三霊山(富士山、白山、立山)の一つであり昔から信仰の山なので、歴史の古い立山が「表」になるということでしょう。西暦701年佐伯有頼が立山を開山し立山信仰が盛んになり、槍ヶ岳は播隆上人が1828年に開山したということからも立山の歴史の古さが伺えます。(立山町周辺には佐伯姓がとても多いです。現在も剱岳周辺の山小屋の御主人は佐伯さんが数人おられます。)
私が初めて登った北アルプスは槍ヶ岳で、その山頂直下には播隆窟という岩屋があり、播隆上人が、この岩窟に48日間も籠って念仏を唱える修行をしたとの歴史を知った時に、この山の持つ歴史と威容を感じ取ったことを今でも覚えています。ただ、当時は初めてのアルプスということで空回りした体力が限界を迎え、この播隆窟を通るころにはヘロヘロになっていたのも事実です。

一方の立山連峰にある剱岳に登ったのはそれから数年後のことでした。そんな北アルプス通いを30数年に渡って続けて来た山屋にとって、北アルプス南部に聳える名峰槍ヶ岳は、難所の北鎌尾根を初め、東鎌尾根、西鎌尾根、そして槍穂高縦走の大キレットへつづく東西南北の中心点、そして記憶の真ん中に位置づいています。

♪「アルプス一万尺、小槍の上で、アルペン踊りをさあ踊りましょ。」と歌われた「小槍」というのは、槍ヶ岳の隣になる岩峰のことを指します。一万尺は約3000mになり、3080mの槍ヶ岳の直下だから一万尺と表していることになります。ここはロッククライミングの要素でしか登れないので限定的な山(岩)と言えましょう。ところがこの小槍の山頂は畳一畳ほどしかないので、アルペン踊りは難しそうです。それでも過去には山頂でダンスをしている(ような)グループもあったので、世の中には物好きがいるということです。♪「アルプス一万二尺、槍の山頂で、アルペン踊りをさあ踊りましょ。」なら、8畳ほどの広い山頂で踊れたのにと、無駄な想像をしました。
下の画像の左側にある大きな岩峰が小槍になります。真ん中にちょこんと突き出している円錐形の岩は孫槍と言われ、画像には見えませんがその上にさらに小さな槍岩があり、それは曾孫槍と言われています。(下の画像は槍ヶ岳山荘側から見たところです。)

さて最近、槍ヶ岳山荘で働いているニノさんという方のブログを見つけました。私も昔山荘でアルバイトをする夢がありましたが実現しませんでした。今思えば、考えすぎなんですよね。「試すことに失敗はない」ので行ってみればよかっただけのことです。だめなら帰ってくることだけだったのに、当時すでに色々考えすぎたのでしょう。私のことはいいですが、そのニノさんが、人からの学び、自分との向き合い方について印象的なことを書かれていましたので引用させていただきます。タイトルは「山の暮らしで感じている事」です。
「スタッフ同士は生活も共にするので、仕事だけではないその人の一面がより色濃く見えるところも、私にとっては興味深く、そこから自分がどう在りたいかなど内省する機会をもらっています。お互いの得意を引き出し合いながら、不得意を補いあいながら共同して暮らす良さがここにはあります。街では生活と仕事は別になりつつありますが、現代社会で失われてきた人間の何か動物的な部分での「補い合う」生活が山小屋にはある気がしています。山にいると自分はちっぽけだなあと感じますし、あがいても自分は自分でしかいられないんだなあとなんだか安心ともあきらめにも似た感情にもなります。と同時に人間のあがいたり、迷ったり、もがく美しさや強さをより鮮烈に感じます。なんていうか、、、そこがいいです。」
先日のブログで書いた「醤油貸して」ではありませんが、「足りない部分を補い合う」気持ちでゆっくりと人生を進めていける。そんな支え合いの生き方が人間らしいというか、穏やかな暮らしに繋がっていくのでしょう。自然の中に身を置くと、人間は素に帰れることが上の文章からも分かります。大自然の中ではちっぽけな人間なんて本当に無力だということを感じます。町場の雑然とした空気の中にいる時に解放されない自分に気付くと、自然の中では余計に人間らしい部分を取り戻せるのかもしれません。
お付き合いありがとうございました。
2026.06.01
先週、大王谷学園中等部8年生のよのなか教室事前学習に行ってまいりました。改めて紹介しますと、市内の職業人を招いて小中学校である学年に「4つの力」を中心に、生き様や仕事の話をしていただくのが「よのなか教室」という社会人講話になります。
そのよのなか教室の本番のみでは、児童生徒が高い吸収力を発揮するのが難しいのではないかとの判断から、聞き取りを強化するために私が1~2週間前に、その該当学年の各クラスに1コマずつ入り授業をするものをよのなか教室事前学習と呼んでいます。
先週は、大王谷学園中等部8年生(中2)の3クラスで1コマずつ授業をしました。本番のよのなか先生同様に、私の自己紹介から入り、人生グラフ、仕事を選択したきっかけ、仕事上の苦労ややりがいなどを、画像と共に紹介しました。時折、確認の意味で生徒たち同士で話し合う場面も取り入れ、対話的な学習を目指しました。

核心の4つの力の場面では、「①相手を尊重し社会を理解する力 ②自分を正しく知りコントロールする力 ③課題を見きわめ解決の工夫をする力 ④働く意義を知り、将来を切り拓く力」という4項目について、私なりに教師と言う仕事で感じてきた必要な能力を話しました。
この4つの力は、文科省の言うキャリア教育で目指す「基礎的・汎用的能力」の4項目を、児童生徒に分かり易く我々が整理したものになります。どのよのなか先生の授業でも、またよのなか挑戦(職場体験学習)でも獲得して欲しい力になります。下の画像のようなプレゼンテーションを提示しながら、社会人として対応していく時に必要となる力を生徒に分かり易く伝えたつもりです。

私は「事前学習」という立場ですから、ワークシートを配布するものの、あまりにも生徒の皆さんが真剣な表情で前を向き話を夢中で聞いてもらっていると、「今の話はこの部分に書くといいね。」と、メモの場所を示すこともします。本番のよのなか先生と同じようなワークシートなので、きっと当日は生徒の皆さんは上手に聞き取ってくれるのではないかと思います。
また、各場面で生徒同士が聞き取った内容を話し合いそれを発表してもらう活動を取り入れ、確認しながらゆっくりと進めることができました。いわゆる主体的で対話的な学習を目指してのことです。以前のこのブログで、事前学習では「私の話」と「エピソードシート学習」を2本立てで取り入れていると書きました。確かに多くの社会人の学習はできますが、消化不良を起こしているのではないかとの反省から、今回は「私の話」一本に絞りました。
学習の最後には生徒の皆さんにアンケートを実施しました。現在は、個人のタブレットを使って私が用意したQRコードを読み取ると、生徒の皆さんが打ち始め、あっという間にアンケートが終了します。当日中に私はアンケートの中身を確認することができ、本日、学校へ分析・考察と共に結果を送りました。時代は進んでいるのですね~。その結果では、「失敗を恐れず挑戦する」ことが印象的だったことが分かります。
また、自由記述では、「今まではやってみたいことがあやふやだったけど、今日のお話で少しやってみたいことの輪郭が見えてきました。」や「将来の夢を叶えるのは難しいけど今日の話で自分にできることを今から頑張って見ようと思いました。」、「試してみることに失敗はないという言葉が印象的で、明日は今日と違う自分を目指して失敗を恐れず挑戦してみたいと思います。視野を広く、向上心を大事にし、自分の意見や心に芯を持ちたいなと思いました。」など、生徒がそれぞれ噛み砕いて自分事として話を捉えてくれていたのは嬉しい限りです。日頃の学習に対する姿勢を学年全教師で向上させていることが、学習への生徒の真摯な向き合い方から察することができました。

中学生と言う二度と帰らない青春真っただ中のこの時期を、存分に楽しんで今考える自分の夢へ向かって一歩一歩進んで欲しいと願います。
2週間後のよのなか教室本番では、私は別の中学校で事前学習を行いますので見られないのが残念です。スタッフから様子を聞きたいと思います。
お気軽にお問い合わせください。
0982-57-3522
受付時間 8:30~17:00