Hyuga City Career Education Support Center
2026.03.09

先週末、宮崎からの帰りに西都原古墳群(公園)に寄ってみました。桜にはまだ間があり、菜の花は咲いているだろうと思い、黄色と青の被写体を期待しての寄り道としました。菜の花は一面満開ではなかったのですが、各所に畑単位で満開の場所がありました。また、予想外に水仙の花が綺麗で、紫のホトケノザをバックに春霞の風景を楽しむことができました。

私はこの古墳公園が好きです。レストハウスとなっている「このはな館」でまったりと休憩しながら読書をします。気が付くと約2時間が経っていて、周りを振り向くとお客さんが増えていて、随分長居したもんだと我に返ります。お土産コーナーには、いつも日向でお世話になっている事業所のお菓子も販売しており、活躍されていることが自分事として嬉しくもなりました。
このはな館から出ると、山の会の先輩と出会いました。今から、ここで日課としているウォーキングを始めるそうです。説明していただいたように、この公園は広大な敷地面積を誇り、古墳好きにはたまらない史跡公園となります。また、県立西都原考古博物館が充実していて、しかも無料ですから、これは行く価値が何倍にもなります。今回は行きませんでしたが、過去に学校での引率を含めて何回となくなく訪れている博物館は高台に位置し、この公園全体を見渡すことのできる見晴らしの良い場所に立っています。古代の豪族が、なるほどこの西都原の高台に古墳を構えた理由が分かります。
また、公園全体は、一度では覚えきれない数々の道があり、さきほどの先輩がウォーキングするように、たくさんの方々が自分の好きなルートで歩いたり走ったりしていました。フラットで歩きやすい道が幾重にも続いているので、心地よい天気の日にはもってこいの公園だと思いました。
先輩と別れ、帰るルートを辿っていると、また菜の花の群落を見つけました。畑の反対側に家族連れが集い、その向こうに葉のない夏を待つ樹木、そして霞んだ空と上空の青空。それらがこの季節特有の風景を創出しているようで、シャッターを押す指が心地よかったです。

先日読んだ岡潔著『春宵十話』の中に、「人は壁の中に住んでいるのではなくって、すき間に住んでいるのです。むしろ、すき間でこそ成長するのです。だから大脳を熱するのを短くし、すき間を長くしなければとうてい智力が働くことはできまいと思われます。」とありました。要するに、満ち足りた脳(いつも好物ばかりを食べているような脳)をしていては自己判断という直観力は育たないということを思い出しました。この西都原のような広大な自然の中に身を置き、ボーッとした時間の中で頭を空っぽにする。そんな空白を作ることで、イザというときに鋭い判断力ができるのだと、自分だけのボーッとした時間の言い訳を作ることに成功したのでした。
本日は西都市の公園のコマーシャルをしたつもりはないのですが、全国区ではなくとも宮崎県には素朴で豊かな自然景観がたくさんあると再認識した週末の午後となりました。
2026.03.05
昨日4日、財光寺南小学校6年生によのなか教室を実施いたしました。これまでの「働くことを理解した上で『4つの力』を習得する」よのなか教室ではなく、卒業・進学をテーマにいかに自己を成長させるかという、言わば「生き方」をテーマにした授業です。
日差しは暖かかったのですが、風が少し冷たく、若干早く到着して渡り廊下で日向ぼっこをしようかと思いましたが、通り抜ける風に勝てず、そそくさと校長室にお邪魔しました。
1校時の休み時間に入ったので北校舎3階、6年教室へ向かいました。すれ違うどの学年の児童も元気よく「おはようございます。」と挨拶をしてくれ、気持ちよいスタートになりそうです。
2校時は6年1組になります。今回はまったく違う観点から作ったスライドで盛りだくさんになり不安がありました。小学校を卒業し、ワンステップ大人へ近づくということで、親の思いに触れて欲しいと私自信がよく児童生徒に話してきたことを再現した内容も盛り込みました。

自転車事故による高額賠償事例では数千万円の判決事例が多数出ており、これは中学生になるからということではなく、責任能力は「小学校を終える程度の年齢」であるとの認識は持たなければならないという提示を行いました。そこから、社会においてはルールが色々あることへの焦点化を図りましました。人間が社会を形成していく過程でルールを作っていったのは究極的には幸せ・平和の視点が欠かせなかったという位置づけをしました。それを宇宙形成、そして人類誕生20万年に思いを馳せ、争わなくて済むようにルールがあることを、小学6年生が納得できるように紹介しました。勿論、ルールがあればそれを破る人、大人がいるのも現実であり、そんな混沌とした社会の中で自分の生きる意味を見失わない大人になるということを学習の課題設定としました。

その後、感動ムービーを視聴し「ブレない大人」のイメージをそれぞれが持ち、最後に、中学校で挑戦すること、「4つの力」と関連付けたこれからの自分の生き方、将来の仕事の希望などを繋げて記述するという活動で締めくくることになります。なんだか予定的な歯切れの悪い文章ですが、実は、私の当初の心配通り、時間不足になりました。最後の、今後の生き方宣言の部分が不十分な形で終わり、担任の先生による事後学習に課題を送る形になりました。
3校時に同じ学習内容で6年2組にも実施しました。時間配分はもうどうしようもないことで、ほんの少し急ぎはしましたが、それでも同じ課題が残りました。そんな中での学習にも、児童の皆さんは質問によく反応し自分の意見を述べてくれます。そうやって、他の人がどう考えているのかを聞けるというのは、学びの共有として、ネット学習にはない対面、集団学習の大きな意味になる改めて感じます。授業しながら私は学校が学びの場であることの再認識をすることができました。

課題に関しては、学年では事後学習を4時間程度計画されているので、その点では繋がる学習になったと思いますが、準備に何日もかけ削りに削ってもまだ時間不足ということは、もっと精選しなければならないということです。或いは、2時間構成で計画するなど、事前の計画を練り直す必要があります。卒業するというのは何を卒業することなのか。進学というのはどのような成長が期待できるのか。児童の皆さんが、人生の節目に当たって今まで通りの子どものままではいけない、一段成長しなければならないということを感じ取ってくれたなら嬉しいです。
不安や心配の方が大きい中学生活かもしれませんが、先日会った高鍋高校生のように、財光寺南小学校の6年生は3年後きっと、いい中学生活だったと振り返ってくれると信じます。私にとっても貴重な時間となりました。ありがとうございました。
* 前日の平岩小中学校では「今夜は皆既月食だよ」と宣伝しましたが、財光寺南小の皆さんもかなりの数が皆既月食を楽しんだようです。(私は撮影で4時間外にいて体が冷えてしまいました。)次は2029年1月1日0時07分から。児童生徒の皆さんは、3年後どんな気持ちで皆既月食を迎えるのでしょう。

2026.03.04
全国初の公立小中一貫校は平成18年度に3校誕生しました。東京品川区の日野学園と奈良の田原小中学校、そして、平岩小中学校になります。昨日3日、平岩小中学校に事前学習に向かいました。柱状節理の大きな柱が二本立つ正門から駐車場に入ると、明るく暖かい日差しを受ける正面玄関が待っています。バリアフリーの玄関がウエルカムで気持ちよく入りました。
今回は6年生と7年生(中1)への授業になります。事前学習という位置づけですが、年度終わりなので、次年度につながる「生き方学習」と言ったほうが適切かもしれません。内容は、これまで他校で実施してきたものと同じになります。とは言いましても、毎回反省があるので修正をしています。
初めの1時間は6年生の学級です。総合的な学習の時間の大きなテーマを「地域の人の話から自分の生き方を考えよう」と設定し、この時間のねらいは「エピソードシートから、困難にぶつかった時に人はどのようにして解決していったのかを具体的に読み取るようにする」と設定しました。その中にキャリア教育の視点を設けて「講師(私)の話から身に付ける力を学び、実際に働く人の話から仕事上の苦労ややりがい、人との関わりや課題解決の方法などを学び取る」という位置づけを図りました。
私は、生まれは都城市なのですが、父の転勤の関係で九州内をぐるぐる回り、高校の時に宮崎に来ました。それから教師として採用されたのが日向市になり、なかなかうまく学習や生活支援などができなかったのですが、職場や地域の方に支えられて成長することができました。その辺りの苦労話などを紹介していきます。そうやって私という教員生活を送った「仕事人」の話から基礎練習としてポイントを聞く学習をする訳です。児童の皆さんは「転校」という部分は深刻な問題だと、自分の身に重ねて考えてくれていることが表情から感じ取れました。

次に、現在実際に日向市で仕事をしている方のインタビューから構成したワークシート(エピソードシート)を読み取りながら、同じように、働く際の苦労や働き甲斐(やりがい)、その仕事の社会的役割について学びます。2人の仕事人の話から今度は、自分自身の生きる信念(4つの力)、将来希望する仕事、それに向かって今から頑張ること、これらを考えを「覚悟をもって」記述する。これが事前学習でねらう「生き方宣言」になります。
*4つの力…「人と世の中にかかわる力」「自分を見つめる力」「課題を知り、やりぬく力」「働く希望を見通す力」
6年生からは「○〇になりたいので」今から「○〇できるようにする」などと真剣に考え、力強く記述してくれました。6年生はよく考え、思いを書き、そして自分の考えを発言できる皆さんでした。

このような形で6年生は終了し、次の時間は7年生の教室へ向かいました。学習形態は6年生と同じなのですが、私のこれまでのエピソードは中学生用に若干レベルを上げたプレゼンテーションにしました。また、日向の仕事人のエピソードシートも、中学生用に漢字と文章を増強し、「苦労」や「やりがい」と言った明確な言葉を遣わずとも読み取ってくれそうな表現に留めました。実際、7年生は鋭い読解力で読み取る生徒が多く頼もしい限りでした。

将来希望する仕事についても「4つの力」と関連付けて理由まで記述することができました。「○〇になりたいので」今から「○〇する力をつけていきたい」と決意宣言がしっかりとできました。
*4つの力…中学生用「相手を尊重し、社会を理解する力」「自分を正しく知り、コントロールする力」「課題を見極め、解決の工夫をする力」「働く意義を知り、将来を切り拓く力」
7年生は礼儀正しく、そして初対面の私を温かく迎え入れることのできる気持ちのよい中学生でした。まさに校歌に歌う「質実剛健 もろともに いばらの道を ふみ開」く剛毅朴訥の生徒集団ではないかと思います。時期的に本年度のこの2学年の学習は事前学習だけで終了しますが、次年度に繋がる学習になってくれたら嬉しいです。

小中一貫平岩小中学校は、私が平成14年の平岩小学校時代から在勤していた懐かしい学校です。平成17年の校舎改築を経て、翌年、全国初の公立小中一貫校平岩小中学校開校を迎えました。小学校と中学校の全教育課程を編成し、全職員が小も中も授業をしながらスムーズな成長過程に対し全校一丸となって取り組んだ熱い時期だったと振り返ります。「あれから40年♪」ではなく、あれから20年が経過し、記念行事も行われたと聞いています。校長先生のもと、現在も全職員で児童生徒の健やかな成長を、当時と変わらず地域一体(三力一心)となって取り組んでおられることに大変うれしく感じました。
暖かな潮風が防風林の隙間から吹き寄せ背中を押され、花壇のリビングストンデージーに見送られながら平岩をあとにしました。また、新年度に会いましょう。
2026.03.03
3月1日(日)美々津地区のおひなさん祭りに孫と出かけました。昨年出かけたのは時期が早かったのですが、孫はひな人形がたいそう気に入った様子だったので今年もいそいそと向かいました。
あの小さな美々津地区で駐車場はどうなることかと思いましたが、岸壁に警備の方々が配置され、若干遠くなりましたがスムーズに駐車できました。そこから歩いてメイン会場に戻りました。岸壁の入口にある小さな公園がメイン会場となっています。ここでは一日を通してプログラムが組まれており、ちょうどフラダンスが始まろうとしているところでした。見るのも華やかだし、踊っている皆さんも潮風に包まれての発表でフラのリズムに会場が一体となっているようでした。この小さなメイン会場には所狭しと出店が並び、鼻の前を通過する匂いが食欲をそそります。帰りに寄ることにします。

孫の手を引き、街並みを歩きます。ひな人形が展示してある家にはピンクの幟が立っているのですぐに目に留まります。それぞれの雛人形では異なった顔やしぐさ、装飾品が見られ、巡る楽しみになります。多くの観光客の一人(二人)になって順々に回ります。大変古いお雛様、新しそうと言っても昭和ではないかと思われるもの。その一つ一つに孫も見入ります。昨年から、こういう伝統的なものを目にすると「はい、トントンして。」と言ってきたので、孫はお雛壇を見るたびにパチパチと手を合わせます。何かに対して価値あるものだと認識して合掌することは悪いことではないでしょう。神社の場合ですが、「お願い」をするのではなく、私は○〇をがんばっていきますと、「宣言」をするために参詣するものだと聞いたことがあります。確かに、万来の参詣者にお願い事をされては、神様も身が持たないのは分かる気もします。いつか孫が「なぜひな人形に手を合わせると?」と聞いてきた時には、「そんなもんだ。」で済ませ椎名誠風に切り抜けようと企んでいます。

さて、話がそれた間に、歩行は歩行者天国の端まで進んでしまい、今度はどこかで左折して次の辻に入り込もうとしましたが、孫が拒みます。なぜだろうと、遠くに目をやると猫がいたのです。よくまあ、薄暗い塀壁に上っている猫を見つけられるものだと、視力の良さに感心しながら、その猫もこちらを見ているので、お互い「動物の勘」のバチバチせめぎあいだったのでしょう。というより、あっさり孫の敗北でしょう。そうこうしていると、猫が勝ち名乗りをあげたのか姿を消したので、その方面に向かいました。
美々津地区は伝統的建造物群保存地区に指定されているので、建物全体の色合いが黒色系で統一されています。また、昔からこのような密接した地域では防火対策として、延焼防止のため路地に空き地が設けてあります。ここでは「ツキヌケ」と言うようです。また、固定した縁側は狭い通りの邪魔になるので、折り畳み式の縁台が設置され、それは「バンコ」と言われます。さらに、往時を忍ばせる廻船問屋跡など、私には歩くだけで大変興味深く、歴史的にも意味深い街並みに興味を惹かれていると、孫の手を引いていたとハッと我に返る瞬間がありました。
二番目・三番目(海から2列目・1列目)の辻にもそこここに雛飾りがあり、その都度足を止めては雛壇を鑑賞しました。雛人形の一つ一つに表情があり、それは時代を反映した顔となっているようです。場所によっては、ちりめん細工された「さげもん」や桃の花が飾ってあり、まさに桃の節句に花を添えていました。
一通り街歩きをがんばった孫はメイン会場方面に戻っていき、出店が気になります。手前にも1ブロックの出店場所があり、そこに入りました。スイーツショップの優しいお兄さんから「ハイあげる」とミニたい焼きをいただき、すぐに丸ごと口に運んだ孫は、「おいしい?」の質問に口を膨らませながら頷いていました。思わず、そのお店で団子と大福を購入となりました。孫は得なのか、まんまと乗せられるのか…いずれにしても悪いことではなく、楽しませてもらったので良いことなのでしょう。
メイン会場を立ち去る前に、先日美々津小よのなか教室でお世話になった金丸さんが実行委員をされていたので、ご挨拶をして会場を去りました。駐車したのは海が近い側だったので、車のすぐ後ろの階段を登ると堤防の最上段に出ました。少し風があるのですが、孫の視線からでも目の前のライムグリーンの耳川と右側に白波を輝かせる紺碧の海が見え、「ミュミー」と喜んでいました。(これは「海」なのです。)潮風に吹かれながら、別に手に入れたドーナツを頬張り、暫し、冬去りゆき春の日光を浴びる「爺散歩」の午前を満喫しました。
孫は男の子なのですが雛飾り巡りは、可愛いものは可愛いと思えるのは美的センスの向上にとっても、日本伝統文化の継承の意味でも良いことだと思います。改めて、日本各地のこういう季節伝統文化は引き継がれて欲しいと願います。運営の皆様楽しい一日をありがとうございました。
2026.03.02
「『下山』とは諦めの行動でなく新たな山頂に登る前のプロセスだ」という世界観は、高齢者という部類に属すようになった私自身に迫る言葉となりました。五木寛之氏著書『下山の思想』を以前読み、その当時にも、そろそろ自分も下り坂だなあと感じ、読みふけったことを覚えています。
「…しかし、一方で、朝食は摂るな、という説もでてきた。これはこれで説得力があっておもしろい。一日二食というのは古からの日本人の食生活であった、などと聞くと、やはりそうか、と納得する。…」
「…メダボは危険だ、と一般にいわれている。しかし、血圧の標準値が年ごとに変動してきたように、万人にあてはまる健康のバロメーターなど本当にあるのか。人間は呆れるほど一様ではない。人それぞれに自分だけの数値をもっているのだ。…」
つまり、世の中に氾濫している情報には、いずれもバイアスがかかっていて、その根拠は何なのか真に明確な情報源を知る由もない訳です。であるからこそ、自ら積極的に情報を取りに行かねば、自分に適切な行動の方向性は保たれないことだと理解できます。
「煩悩とは何か。親鸞はわかりやすくそれを説明している。煩悩とは、『身のわずらい、心のさわり』のことであるという。…四百四病は生まれながらにして人の身にそなわる、という禅の考え方はすこぶる現実的だ。私はそれらの煩悩を捨て去る道より、それを背おったまま浄土を信じる立場のほうに親しみを感じてしまう。」
五木さんは、深く仏教に関する研究もされているので、仏教徒でありながら八百万の神に迎合している私などは、五木さんの文章から得る世界観も多くあります。上記のように、煩悩は捨てることに力を注がず、背負い共に生きていくことで良いのだと言われると肩の荷が下りる思いもします。
『下山の思想』の冒頭で五木さんはこう言われます。「朝日にかしわ手を打つのが神道で、西方の空に沈む夕日に合掌するのが仏教である。…日は、いやいや沈むわけではない。堂々と西の空に沈んでゆくのだ。それは意識的に『下山』をめざす立場と似ている。」
だからこそ、「のびやかに、明るく下山していくというのが、今の私の、いつわらざる心境である。」と、高齢者が自信をもって、山を意気揚々と下っていけばよいと示唆され、エールを送られた気がします。
氏の別著『運命の足音』では、終戦後に北朝鮮から壮絶な帰還をする話が書かれています。長年書けなかった、そこで起こった母の死と対峙した五木さんだからこそ、今の日本社会の中では「皆ゆっくりと下山すればよい」と言われている気がします。ここで言う「ゆっくり」と「のんびり」は違う意味ですが、「分かっていることはほんの一部」だと肝に銘じ、自分で情報を掴みに行く。さらに、人の欠点こそ認め合う寛容さを持ち合わせる信念。そういうことが必要なのだと、五木さんの本から感じさせられます。
昨日、二千メートル以下の冬山でも使用できる登山靴を修理に出しました。ソールの経年劣化による修理になります。出来上がりまで2,3カ月かかりますが、この登山靴が最後の相棒となるでしょう。この靴と共に、ゆっくり意気揚々と下山に掛かることにします。
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