日向市キャリア教育支援センター ブログ

2026.04.10

高校入学式~問いを立てる

  

 今日は県立高校の入学の日です。日向工業高校の入学式に参列してきました。

 

 新入生は93名で、昨日の中学校の入学生からすると3歳年上になるので、当然ながら新入生といえど身長も風格も違います。後方に控えている2、3年生になるとさらに大人びてきます。を基調とした制服に身を包み、数名の女子生徒も混じって新入生は氏名点呼を無事乗り切り、校長による「入学許可」で晴れて高校生となりました。

 校長先生の式辞では、校訓の「自発、創造」について話をされました。自らに問い、調べ、継続していく過程が大事であること。無を有にすることで、ものづくりでの社会貢献を果たしていく使命感を培って欲しい。そういう内容のお話でした。

 

 「自らの問いを立てる」という点でタイムリーな番組が昨夜ありました。たまたま付けたチャンネルがEテレで、5人ほどのパネリストがちょうど討論している場面でした。見ていると、どうもそれぞれが個性的な佇まいなので、しばらく食い入って見ました。

 番組のテーマが「“当たり前”って難しくないですか?」です。こう「問い」を立てたのは、介護職に就くブラジル国籍のサマラ・ブラガ・チャベスさんという方でした。1994年に日系ブラジル人の配偶者として来日、様々な仕事を経験しながら不慣れな日本の言葉や文化になじみ、2人の子どもを育てあげました。しかし、日本に住み何年たっても立ちはだかるのが、暮らす場所や職場ごとに変わり続ける“当たり前”という壁。様々な“当たり前”とどう向きあえばいいのか、出演者と共に考えるという内容です。

NHK Xより

 

 パネリストとしての出演者の一人が、私もカタカナ名称は初めての「アルビノ白子症」の女性。からだの色素が生まれつき不足している状態の方で、視覚にも不自由をされていて、その方は「見えないことを主張すると、その考えを押し付けないで、と言ってくる」ほかの人は「見ててて当たり前、できてて当たり前」そういうことに息苦しさを感じる、と言われていました。

 二人目のトランスジェンダーで社会保険労務士の方は「人からしたらきっと当たり前って思われないだろうなあ」と。また三人目の日韓ミックスルーツの男性は「当たり前を崩したい」と。四人目の薬物依存症で随筆家の女性が「すべての人に当てはまる当たり前はない。」と発言すると一同は頷きます。しかし、車いすの男性で先天性筋疾患・日本アメリカのミックスルーツの方は「ぼくはあると思う」と発言しました。

私は「エッ、何だろう」と番組内の出演者と同じ目線で彼の言葉を待ちます。すると彼は「『人に優しく』っていうのは、すべて人に対して当たり前でいい」と言うのです。うーむ、深い。その通りだ。

すると、先ほどの随筆家の女性は「なるほどね」と頷くのです。ここには違う意見を述べた男性が言う「違うこと、を分かりあう」空間、文化が存在していました。パネリスト皆が同調しています。社会において、組織において最も重要なのは「違いを受入れる文化」ではないかと思います。自分を基準にする姿勢からはこの文化は生まれません。そして受容、寛容の精神も生まれません。

NHK HPより

 

たまたま付けたテレビ番組で、一人が立てた「問い」を出演者と共に考える、そういう次元に思考が発展できたのは良い収穫だったと思った昨夜でした。Eテレのその名も「toi-toi」という番組です。日向工業高校の入学式辞にあった「自らに問い、調べ、継続する」この姿勢は、この番組の締めで出たテロップの「当たり前に正解はない」という言葉に代弁されるように、一生をかけた自らの問いへの正解探しになるのだと思います。

 

日向工業高校の入学式では懐かしいに出会いました。新入生が入場する際に、先導していた担任の先生がこちらの席に向かってくる際に目が合い、「オオッ。」とお互いにアイコンタクトを取ったのです。以前、高体連山岳競技の大会で競技役員として一緒に活動していた宮崎市の高校にいた先生です。日向に赴任されていたのだと、久しぶりの再会に二倍嬉しい参列となりました。

 

高校正門の正面にある石碑に刻まれた「自発 創造」の二文字が、これからの三年間を見守ってくれることになります。「時流に流されることなく自発的に行動し、豊かな創造性を発揮しながら、たくましく生きてほしい」この言葉通り、三年後には進路決定を行う今日の新入生が、自分の果たすべき道を見つけながら人生を歩んで欲しいと願います。

2026.04.09

入学式~中学校

 

 本日はなかなか気温が上がらず、肌寒い日となりました。そんな春の日に中学校の入学式があり、富島中学校の入学式に参列させていただきました。

 入学式は厳粛な中にも温かな感じでスムーズに執り行われました。新一年生の態度も式全体を通じて好感がもてました。校長先生の「夢を追い続ける努力すること」や「人との繋がりを大切にすること」をお聞きしながら、曲解かもしれませんが、矛と盾、攻めと守りにも通じるお話かと感じました。攻め続けることの大切さと、一旦立ち止まって自分に人が付いてきているのかを振り返ることは必要だと改めて思います。

 中学の新入生がそんな深掘りをする必要はありませんが、「夢には人との繋がりが必要である」「人との繋がりで夢がある」のどちらも響いたのではないでしょうか。

自分の中学一年生の頃を思い直してみると、昨日のブログの通りボーッとしていました。毎日をいかに楽しく過ごすか、それだけだったように思います。しかし、その遠いと思った未来の時間はいつの間にか、取り返せない過去のものになってしまいました。「人生は長いようで短い」まさにその通りだと感じるこの頃です。

 

 本日の宮日新聞『くろしお』欄に、岡山県の小学5年生が算数・数学研究でテーマを「陀多カンダタ)が蜘蛛の糸をつたって極楽へとたどり着くまで、どれくらいの時間がかかるのか」にしたことが紹介されていました。『蜘蛛の糸』は小学校の道徳の時間に習った方も多いのではないでしょうか。岡山の小学生は、芥川龍之介の著書『蜘蛛の糸』で陀多が地獄から登りきる距離を40万kmと設定し、自分で実際に登り棒を3m登って、その時間から陀多127かかると計算したそうです。なぜ距離が40万kmなのかは分かりませんが、厳しい修行の年月という時間の結論を得る辺りは、なかなか面白い発想と数学的思考だと思いました。

 私は、この数値40kmに食いついてしまいました。実は、今日のブログでは、NASAアルテミス計画を紹介するつもりでした。今回のオリオン宇宙船が地球から月の裏側の約407000km離れた地点を回って、アポロ13以来57年ぶりに記録更新となった記事です。これについてはまたほかの機会にしますが、時同じくして40kmという距離が世間に登場するあたりは、この距離がもつ何かしら不思議な力があるのかもしれません。私の知り合いの高校地学の先生は「私は自分の車に月までの距離と同じ38kmまで乗るのです。」とおっしゃっていたことも思い出しました。(ちなみに私の車はまだ19kmです。あと2倍…)

3年前の月

 

 陀多が一生を賭けて地獄から這い上がろうと求めた極楽は、人との繋がりを無視してはたどり着けない夢の着地点だったはずです。人類が目指す月へのアルテミス計画において宇宙飛行士が船内で感情を吐露している部分は、人類が見失ってはいけない人との繋がりを意味しているのかもしれないと一人納得しました。古来から人々の思いを乗せる月への「あくがれ」を見上げて悦に入ろうかとするも今は下弦の月で、代わりに木星の輝きに若者の夢を託せないものか。そんな想いも巡ってくる入学の日でした。

2026.04.08

令和8年度始業の日

 

 今日は市内小中学校の始業の日です。

 

散る桜 隠す名残の 影桜

 

令和8年度がスタートします。そして明日は中学校の入学式、明後日は小学校ではなく県立高校の入学式。ということで、小学校の入学式は来週13日になります。小学1年生は入学を今か今かと待ち遠しくキリンの首のようにして待っているのかもしれません。

 

親御さんとしては、新1年生が入学しないことには、仕事と子どもの留守番のバランスが難しく、預ける所探しで苦労されている家庭もあるかもしれません。しかし、入学してからも暫くは大変で、給食がすぐには始まらないので、その辺りも心配の種になります。給食がすぐに始まらないのは、学校にそのものに慣れさせるためと、まだ慣れない通学路で、危険個所や車なでの交通量を回避しながらの下校にも慣れてもらうために給食なしで下校させているのです。

30年ほど前までは、4月の一か月には小学新一年生は給食がなかったので、一年担任はもとより、専科の教師や管理職まで総動員して、方面別に一定の場所まで連れ帰っていました。私もその経験がありますが、途中で家に向かう子どもが分散していき、遠い最後の一人になるまで送っていると、帰校するのが遅くなり、自分の給食時間が危ぶまれることも多々ありました。

 

 現在はどうでしょうか。入学式後、割と早い時期に給食が始まっていると思われます。それでも、上記の理由で、給食後に昼休み、清掃をせずに下校させている学校が殆どでしょうから、やはり方面別の下校指導は行われていると思います。手厚い指導になりますが、一方では、教職員への負荷がかかっていることも事実です。昼休み(休憩)の時間が他の職員と異なってくるため、不規則にならざるを得ませんが、そのあたりは学校によって工夫して確保していることだと思います。

 

 そんな教師側から見た新年度の始まりでしたが、児童生徒側からはいかがでしょうか。小学1年生とはいえ、最近は、ほぼ100%の子どもが保育園、幼稚園などで集団教育を受けている場合がほとんどですから、そういう意味では、保育園の年長さんで給食の配膳をしている場合も多いので、「ピカピカの1年生」扱いではなくとも、できることはさせていくのでしょう。昔は、何から何まで6年生がお世話をしていた頃がありました。成長の過程を十分に見極めた指導が時代にマッチしていることも大切です。

 

中学新入学生はいかがでしょうか。給食については当たり前に自分たちで準備しますが、小学校とはまったく違った体制に目を丸くしているのかもしれません。全校生徒(先輩)たちとの対面式があったり、生徒会活動の紹介や部活動紹介もあったりするので、先輩達の大人ぶりに圧倒されることも多いのではないでしょうか。最も目まぐるしく感じるのは完全教科担任制ではないかと思います。小学校でも専科があり学級担任外の教師が授業を受け持ちますが、中学生になると完全に教科担任になるので、教科の先生の顔を覚えるのも一苦労かと思います。

駅空を 春夏交代 桜舞う

 

私の苦い思い出です。福岡県のマンモス中学に入学した私の担任の先生は理科の先生でした。当時、理科は現在とあまり変わらず週に2~3時間だったと思います。担任の先生は、朝と帰りのホームルーム以外で顔を合わせるのは、「学級活動(当時は、「学級指導」)と道徳くらいなので、理科も道徳、学活もない日は、一日中ほとんど顔を合わせないことが続きます。一か月くらいして、何かの用で担任の先生を訪ねて理科室まで行ったことがありました。遠い理科室へ行き、ノックすると、「いいぞ、どうぞ。」との声がします。ソーッとドアを開けて、「あのう…」と覗き込むと、3、4人の先生がいてこちらをじろっと見ました。さて困りました。どの先生が担任の先生なのか分からないのです。そうやってモジモジしていると、「おう、お前たちか、何だ?」と振り向く先生に(この人だ!何か見覚えある!)と反応したのでした。一か月経ってもそんな調子ですから、呑気な中学生活のスタートだったものです。といっても、福岡のマンモス校ですから、話題には事欠きません。想像に難くないと思いますが、そこは省略します。

 

最後は自分の恥ずかしい昔話になってしまいましたが、これから70年以上を生き抜く新入生らに自分の目指す道筋を歩んで欲しいと心から願います。ブログ『ハナミズキ』の回では、夢の実現も書きましたが、自分らしい生き方と言っても、その場その時に修正図り切り替えていくのも、それはそれでその人らしい生き方になると思います。すでに、苦難の道を歩んでいる児童生徒がいることも知っています。だからこそ、一人一人に何とか響くように学校市内事業所の皆さまの連携を深め、私たちキャリア教育支援センターとしても効果のある学習を提供し続け、手を取り合いながら進めていきたいと改めて気を引き締める新学期でした。

2026.04.06

ハナミズキ

 一青窈さんの大ヒット曲で有名になった花木ハナミズキは、桜が散ったあとに寂しくなった街路や山を飾る可愛らしい花です。下の写真は、2年前の6月にボランティアで石川県珠洲市に行った際、能登空港(のと里山空港)で見かけたときの写真になります。震災以降、空港に隣接している日本航空高校石川の校舎も被害を受けていて、校舎は鉄筋コンクリート作りながら学生の使用には十分ではないとの判断から閉鎖されていました。それでその校舎がボランティアの宿泊施設として利用されていたのです。珠洲市での一日のボランティア活動後に送迎バスで高校校舎まで帰り、隣にある閉鎖中の空港敷地をブラブラと散歩していると沢山のピンク色のこの花が目に留まりました。曲『ハナミズキ』の通りの薄紅色をしていて大変可愛らしく癒される色合いをしていました。

 

のと里山空港にて

 

 薄紅色の可愛い君の」で、「ね」と対話するような可愛らしい花びらです。この花はこれからの季節に長く花を楽しませてくれます。花期が長いのは総苞片(ソウホウヘン)と呼ばれるものだからだそうです。調べると、タンポポやアザミなどのように、花が咲く前に花びらをしっかりと包む部分で花が散るのを遅らせ長い期間保つ働きがあるということでした。人間にとっては長く愛でることができるのですが、花は長い期間の中で受粉を確実に行うために準備期間を必要とし咲いているのでしょう。

 

 10年ほど前に、私は自宅の庭にハナミズキを植えました。翌年の春先には蕾をつけたので花が咲くのを楽しみにしていました。

昨日のハナミズキ

 

 ところが、咲いた花はでした。ピンクを楽しみにしていただけに初めは残念でしたが、よく見ると写真のように白と言うより薄い緑がかり、何とも言えない淡い美しさがあります。

写真を見比べてお気付きの方、あるいは、初めから花木に詳しい方なら、これまでのこの話がおかしいことに気付いておられるかもしれません。

 実は、2枚の写真の花は違う種類だったのです。色としては、どちらにもピンクと白があるので問題ないのですが、1枚目の能登空港の花はヤマボウシだったのです。そして2枚目の自宅庭の花がハナミズキでした。どちらもヤマボウシ属であるので似ているのは当たり前なのかもしれませんが、私は能登空港の花もハナミズキだと思っていたので違いを知った時は驚きでした。

 

 ヤマボウシとハナミズキの一番の違いは、花の先端にあります。ヤマボウシは尖っていて、ハナミズキはクルッと丸まって(へこんで)います。ハナミズキは和名を「アメリカヤマボウシ」と言うそうで、なるほどよく似ている訳だと納得します。さらに調べると、日本のハナミズキは、明治時代に米国へ寄贈したサクラに対する返礼として大正時代に日本に贈られたものだそうです。

 

 頭の中に『ハナミズキ』のメロディが浮かんでくるくらい綺麗な歌ですが、よく歌詞を聞くとなんとも不思議な解釈の難しい歌であることが分かります。一般的に「夢」というものは、追いかけるような、追い続けるようなイメージがありますが、この曲では違います。「果てない夢が」「ちゃんと終わりますように」なのです。夢は追いかけるだけでは確かに終わりはありません。

一人一人の夢を夢で終わらせず、きちんと捕まえる、達成する。可憐な花が長く咲き続ける覚悟ができるのも、総苞片という下支えがあるからなのだと感じさせられました。

夢は「いつかを結び」そして「百年続きますように」。

2026.04.02

任せる~慶應高校野球部

 

日向市駅 今日のお昼

 

2023年といえば、WBC侍ジャパンのクローザーとして大谷選手がエンジェルスチームメイトのトラウトを三振に打ち取り14年ぶりの優勝を決めた瞬間が目に浮かびます。そして昨日はその大谷選手がドジャースの試合で勝利投手になりました。もう一つ野球の話題として2023年は、夏の甲子園で慶應義塾高校107年ぶりに優勝した年でもあります。当センターのスタッフの方が野球は得意なのですが、今日はその慶応高校にまつわる本のお話です。すでにご存知も振り返りと言う意味でお付き合いください。

 

『慶應高校野球部―「まかせる力」が人を育てる―』(新潮新書) 加藤弘士 ()

 

この本は、著者が歴代の監督や選手に取材を行い、同野球部が自由校風、丸刈りなし、学業重をベースにしながら「エンジョイ・ベースボール」を掲げて甲子園で優勝できた背景を時系列で書き記したものになります。

 

意味のない上下関係の撤廃。1年生には雑用よりウエイトトレーニング。グラウンド整備も全員で。ナインの知的好奇心をくすぐり、質の高い練習を求めたそうです。ある年の練習後、部員はセカンドへの牽制サインを自分たちで考え、遅くまで議論をして結論を監督に報告します。すると監督は「よし、やってみよう。」と部員が自分たちで決めたことを尊重します。生徒からは「自分で決めさせてもらうのは楽しいし、やりがいになる。でも決めたからには自分たちで責任を持たなくちゃいけない。」という反応があり、任せられることへの責任と自覚が起きてきたようです。

 歴代の監督は「エンジョイ・ベースボール」の根底としては「たかが野球じゃないか」と、それよりも長い人生を歩くための人間づくりが重要であることを伝えたそうです。スポーツだけではダメ。勉強も大事。そういう人間としての成長という長期的視点に立って、野球の先を考えて勉強も必死にしていくことを大切にされていたのです。事実、慶應高校にはスポーツ特待という制度はなく、一般入試、推薦入試、(中等部からの)内部進学の3色の生徒が入っているのですが、入ってからはどの制度で入ったかはまったく関係なし。先輩後輩の上下関係もなく、監督を「森林さん」と呼ぶところにも表れています。

 

 慶應高校野球部がここまで来るのには何十年という歴史があったことが本から分かります。これを読んで地元の学校にそのまま当てはめても効果が出るというものでもないでしょう。ではこれをどう生かすかと考えた時、私は自分の仕事としての人づくり組織づくりの観点から読み解いていきました。

野球で目指す明確な「勝ち」と歴代の監督たちが掲げる「価値」に照らした時、では今の日向市キャリア教育に例えるとどういう将来像が描けるのかを考えました。一人の人生の中でのキャリアの積み上げ、本当にやりたい生き方を支えること、児童生徒の想い、事業者の目指す方向、育てる親の願い・・・。

答えは出ませんが、そういう当事者の求める未来に沿うように試行していくことには意味がありそうです。トライアンドエラーが大事で、考えたらやってみる、そこが可能性を拓く一歩になると思います。しかし一方で、一生懸命に与えようとすると、そのことがマイナスになる可能性があるということを常に考えておく必要があることも改めて学びました。人を育てるにあたって必要なのは「ちゃんと失敗させるシステム」だと本に書かれていた通り、子どもには任せて考えさせ、苦悩の中で出した結論はそれが成功でも失敗でも彼らの学びになるので、指導者、保護者、関係する大人は、余計な口出しはせずに「見守り」に徹することが成長の一番の近道だということになります。「今の時代、社会全体に失敗させる余裕や体力が失われつつある。」とありましたが、他人に対する寛容さをもつ生き方が子どもたちに背中で教えることに繋がると思います。

 

私どもが支援している日向市のキャリア教育では、子どもたちに本物の職業人と出会わせながらキャリア教育の目指す4つの力(かかわる力、見つめる力、やりぬく力、見通す力)に近づくために、その道の達人を巻き込んで学校を支援していく方向性を発展させたいと思います。そこでスローガン「出会い爽快!エンジョイ・キャリア教育!!」はいかがでしょうか・・・

塩見川 今朝の朝焼け

2026.04.01

令和8年度のはじまり

 

 本日から令和8年度が始まりました。

昨日の日向市駅前

 

 毎日このブログを読んでいただいている方々のためにも、年度初めの本日に、日向市のキャリア教育支援センターは何をしているところなのかを明記したいと思います。

■ 日向市キャリア教育支援センター ホームページアドレス

→ https://hyuga-career.jp/

 

1 よのなか教室の開催:社会人講話

 ◆ 基本的には、学級で実施する1コマの授業スタイルを「よのなか教室」としています。

  〇 学校の依頼に基づき、「よのなか先生」を派遣するためのマッチングを行います。

  〇 約1週間前に、事前学習として私が該当学級へ出向き、視点作りの授業を実施します。

  〇 「よのなか先生」との事前打合せを行い、写真などの資料を提供していただいた上で、当センターがプレゼンテーションを作成します。校正をやり取りし本番を迎えます。

  〇 当日のコーディネーター役(進行)を担任の先生に依頼するためのシナリオを準備します。

  〇 当日、「よのなか先生」に学校まで来ていただき授業が行われます。

  ◎ 年に1~2回、「よのなか先生」のための研修会を実施します。

 

2 14歳のよのなか挑戦のサポート:課題解決型職場体験学習

 ◆ 協力事業所とのマッチングに不備があればサポートを行います。

  ○ 年度初めに、市内の協力事業所、複数校がお世話になる事業所に対して各校の体験日程のお知らせをします。

  ○ 実施する上での各校の課題の調整を行います。

  ○ 体験学習前の生徒に対する事前学習に出向きます。

  ○ 体験学習日に事業所を数か所巡回します。

  ○ 学校の成果発表会に参加し評価支援を行います。

  ○ 事業所に対して事後アンケートを行い、結果を各中学校に提供し、次年度計画時の参考にしてもらいます。

  ◎ 年に1回、協力事業所と中学校職員との合同研修会を実施します。

  ● 次年度からは、全中学校で完全に自走化していただき、当センターは後方支援に回ります。その分、よのなか教室やその他のキャリア教育拡充にシフトしていきます。

3 研修の実施

 ○ 教育委員会主催の研修会でキャリア教育に関する講話を行います。

○ 学校の職員研修へ出向き、キャリア教育についての研修会を実施します。

 ○ 学校の保護者に対する研修に出向きます。

 ○ 学校の家庭教育学級の研修に出向きます。

 ○ 県内の各種研修会に参加し、有効な施策は日向市への導入を検討します。

4 各校のキャリア教育担当者の支援

 ○ 各校の授業計画段階からの支援をニーズに基づき、電話相談、来所相談や学校での

相談に応じます。

5 広報事業

 ○ 年に2回、キャリア教育通信を発行します。

  ・ 各学校や「よのなか先生」協力事業所などに配布し、啓発活動を行います。

 ○ HP(ホームページ)による活動の発信や教材の提供を行います。

 ○ 公式LINEによるブログ発信で、日々の活動や想いを広く伝えます。

 ○ 各メディアへの情報提供を行います。

6 視察対応

 ○ 県内外、他市町村からの視察に対応し情報交換を行います。

 ○ 新しい視点は日向市のキャリア教育に積極的に取り入れます。

7 連絡調整

 ○ 教育委員会と定期的に連絡を行い、日向市が目指す総合計画と教育委員会からの具体的目標に沿って、日向市のキャリア教育のプランを推進します。

 ○ 事業所を訪問し、協力の継続依頼や日向市が進めるキャリア教育の方向性の伝達に努めます。

 

 以上、思いつくままに書き出しました。細かなところでは他にも実施している部分はありますが、大まかにこのような活動を行っております。課題は多くあります。あくまでも各学校の支援を行っているので、学校の実態にマッチしなくてはなりません。先走りしてもニーズに合わないし、かといって時代が求める児童生徒像は刻々と変化しているので、事業所の変化を肌で感じやすい当センターでこその強みもあります。そこを十分に生かして、学校へアプローチをしていきたいと思います。そして、そのことが結果的に事業所への好循環を生み出すものと信じて、今後とも進化し続けていきたいと考えておりますので、どうぞ新年度もご理解とご協力をお願いいたします。

今日の日向市駅

2026.03.31

よのなか教室 卒業・進学学習~財光寺南小6年感想文

  卒業シーズンが過ぎ、次年度への準備が加速している本日だと思います。私も現役の頃に、331日と4月1日の両日が平日であれば相当プレッシャーがかかり「働いて、働いて」の状態でした。切り替えが十分にできないままに新年度を迎えてしまい、そのまま軌道に乗る5月まで猪突猛進でした。

 

 さて、昨日、34日に財光寺南小学校6年生で私が実施した卒業・進学の学習に対する児童の皆さんからの感想文をいただきました。授業で活用したワークシートとその後、作成していただいた感想文集になります。

 ワークシートは2種類ありましたが、その中でも以下の「生き方宣言シート」が「自分らしい生き方の実現」のためには重要になります。①中学校で挑戦することから、②そのためにやり通す具体策を考え、では、③自分の信念としてどんな力を身に付けたいのか、キャリア教育の4つの力に焦点化します。そして、その力を追求することで、④将来なりたい仕事に結び付けて、では、⑤今からどう生きるのか、という将来のイメージ象を通して自己を見つめ、これから中学へ向けて自分が努力する具体策を考えるという学習を展開しました。

 最終的には、学担の先生に完成をお願いしましたので、児童の皆さんがどんな受け止め方をしたのか気になっていました。こうして全員のワークシートと感想文を読むことができてほっとしました。6年生の皆さんは実に良く自己を理解し、将来の目標を決めて、それに対する現在の努力目標を設定していることが伝わりました。

 一部ですが紹介します。(スマホだと読みづらいと思いますので拡大をお願いします。)

 

 次は、感想文集からの抜粋になります。「深く考えた」「前を向く」「未来をしっかり考える」「看護師になるために頑張ります」などの強くたくましい言葉が光りました。

 

以前読んだ本の中で「君は、なぜここにいるのですか?」と質問された人の話がありました。半年かけて「3つの奇跡」に気付いたとのことです。それが、「この世に生まれたこと」「今まで死なずに生きて来られたこと」「目の前の人と出会うことができたこと」だそうです。この3つは確かにその通りだと深く納得しました。

 

本日で2025年度、令和7年度が終了します。日本独特のの季節での節目であり、明日からまた新しい1年が始まります。6年生の皆さんは、すぐに中学生生活が始まります。これからは3年ごとに節目が訪れ、そのブロックごとに大きく成長することでしょう。これまで12年間生きてきて、3つの奇跡が連続して今があるということを噛みしめながら中学の階段を昇って欲しいと願います。次の3年後にはどんな未来予想図を描いているのか楽しみにしておきます。

 

財光寺南小6年の皆さま、大変お忙しい中に先生や児童の皆さんが心を尽くしていただいたことに深く感謝申し上げます。そしてキャリア教育を前任の日知屋東小時代から強力に推進していただきました校長先生、本当にお世話になりました。

2026.03.30

生と死の分岐点

表題の本は文字通り、山岳遭難の教訓のための技術本になります。ですから、過去の遭難事例を事実に即して記述してあるものです。

Wikipedia

エベレスト(英語)チョモランマ(チベット語)サガルマータ(ネパール語)

 

ジョージ・マロリーはご存知でしょうか。192468日に、同じイギリスの登山家アンドリュー・アーヴィンと共に、エベレストで消息を絶った登山家です。「そこに山があるから」という言葉の人というならご存じでしょう。実際には「Because it's there.」と発言していて、エベレストの記者会見ですから「エベレストがそこにあるから。」の方が意味はより近いと思いますが・・・。1999年に、そのマロリーの遺体8100m地点で発見されました。この本の中で発見時の画像が紹介されています。あまりにも生々しいので紹介するのはやめておきます。記述だけすれば、うつ伏せで背中の肌が露出しているのですが、75年経過したその背中がなんと綺麗なことか。真っ白でツルツルなんです。私は恐怖より、その肌の白さに驚きました。

 

Wikipedia

                 ジョージ・マロリー

 

また、相棒のアーヴィンの遺体らしきものが、2024年にエベレストで発見されました。片方の古い登山靴とそれに繋がった靴下です。靴下には「アーヴィン」の文字が縫い付けられていました。しかし、マロリーの遺体の傍にも、アーヴィンの体の付近にもコダック製のカメラは見つかりませんでした。つまり、見つかればフィルムに登頂シーンが写っている可能性があるのです。未だに、二人が登頂した後に遭難したのか、登頂していないのかは登山界最大のの一つになっています。

Wikipedia

                アンドリュー・アーヴィン

 

二人が遭難したのはエベレストの頂上から約240メートル下の地点だと言われています。一体そこで何があったのでしょうか。生死を分けたものは何だったのでしょうか。

 

北極圏を犬橇(ぞり)縦断するなどの極地探検家の角幡雄介氏は著書で「死の余白」と書いています。冒険家、探検家、登山家などは、「猛烈な吹雪や大雪などの悪条件に苦しめられて、死の危険をひしひしと感じながら、そのなかで技術と経験を総動員して危機を乗り越えられ何とか成功を勝ち取ると、そのときはただの成功以上の満足感があり、すごい冒険をしたという思いに震える。」しかし時間が経つと、「すべてのエネルギーを使い切るほどやり切っていたのか」という「完全燃焼ポイントはまだ先にあったのではないか」と、「距離がのこっている」思いに駆られるそうです。「生きている以上、かならず残存する不完全燃焼感、これが<死の余白>である」そうです。

 

レベルは違いますが、私が冬山で猛吹雪の中登り続けていた時、時折、風の音が何もしなくなり、ただ自分の足だけが右、左と交互に前に少しずつ動いている、この繰り返しだけが下を向く目に入っていました。吹雪でまつ毛が段々と凍りだしてが開かなくなるのですが、なぜか静かなのです。実はこれは危険な状態です。フッと我に返り、「ゴーッ、ガーッ、ザザーッ。」という猛烈な風の音と強烈な吹雪が片方のをたたいているのに気づきました。考えるモードになり、ここが撤退地点だと自分に強く言い聞かせて、思い切り180度ターンして下山にかかります。ほかの屈強な登山家からすれば、北アルプスくらいの標高の山のそのような場所で、何を大げさなことを言っているのかと笑われるかもしれませんが、それは、その時の私の生と死の分岐点だったのでしょう。

色々な場所で遭難した人が残念ながら命を落とすことがあるのも、「突っ込んでみよう」「もっとできるかもしれない」と「死の余白」への挑戦にまとわりつかれたからかもしれません。そんな心中を察すると、私はその方々を非難する気にはなれません。

 

 日本の若く有名な登山家が数年前にヒマラヤで単独登山中に亡くなりました。この時も凄い数の批判があったようです。「力量にあっていない」とか「そんなメディアにアピールなんかして」など耳を覆いたくなるほどでした。一番悲しいはずのお父様の記事がありました。「悲しいですが、息子はよく頑張ったと言ってやりたいです。」と。大切なのはそこではないでしょうか。

 

仏教の話を取り上げる必要はありませんが、「和顔愛語(わがんあいご)」という言葉もあるように、批判的な言動は自他ともにストレスを与える「」とみなされるそうです。いわゆる寛容の精神です。自己の信念(人生の目的)に基づく行動を重視し、感情的な否定よりも調和を大切にするそうです。

人生の目標を決めて走っている人に対しては、応援はしても批判をしてはいけないと思っています。を落としては元も子もありませんが、万が一亡くなったとして、挑戦は称えるべきであり批判することはやめたいです。それがその人の生きる道、その人の生き方であり、自己実現なのですから。しかし、だからこそ、生きているうちは、生と死の分岐点は見極めたいと思っています。山の話のみなならず、「行くべきか。からでもいいのではないか。」とか、いつでも分岐点は存在しています。

本日はコアな話で失礼しました。

2026.03.27

介護面談

 

 昨日、休みを利用して高齢の親に関する面談(アセスメント)のために宮崎へ出向きました。ケアマネージャーの方は以前からお世話になっていてよく知っている方です。もう一人の施設看護師の方は初めてでしたが、親は以前からデイサービスでお世話になっています。

 

 初めに、在宅介護支援センターからの評価結果の報告があり、「転倒なく活動ができる」や身体機能についてなど、実に細かく見てもらって本当に有難いことです。

また、親についての課題分析結果が資料と共に提示されました。そして、それをもとにして、今後の総合的な援助の方針が打ち出されました。親は色々な病気も持っていますが、日常のサポートは近くのきょうだいが行っており、そのことについても介護支援センターの方と情報を密に共有できています。その上で、専門的なアドバイスのもとにリハビリを兼ねた運動を継続し、自立が継続できていくこと、そして通所での交流の活性化によって認知機能の進行を防止することを目標とする方針が話されました。

 また、居宅サービスの計画書も多岐に渡って細かく示されており、長期目標短期目標、サービスの内容などが聞いている私たちにも分かり易く伝えられました。

 最後に、これからのデイサービス送迎時刻の計画表が示され、認知機能が低下していく高齢者にとって、通所する日によって送迎車の到着時刻が変わるのは不便なので、一定の時刻にしていただいており大変助かります。施設のスタッフの方が送迎まで行っているということから、人手不足や体制の方針など様々なことが影響して、そういうやり繰りをされているのだと実態をよく把握できました。

 これらの評価分析を一通り見させていただき、学校における一人一人の児童の評価内容より細かいと感じました。高齢者は健康が第一の課題であり、少しの手違いが本人に大きな身体的ダメージを与えてしまうという危険があるため、大変な緊張感のもとに仕事をされているのだと、こういう細かな書類作成からも受け取ることができました。

一人の高齢者に対してこのような面談が行われているので、実際にはスタッフの方は、担当するすべての家族とこうして面談をし、困りごとニーズを吸い上げて方向性を探る仕事をされているので頭が下がります。

80歳以上では25%の人が要介護状態になると聞いています。人は老いると必ず誰かの世話になります。その現実を受け入れるのは容易ではないと思いますが、こういう介護サービスを受けることで段階的に自分の老いと、一人では生きられない現実を受け入れる準備をすることに繋がるのだと思います。

介護サービスでは高齢者一人の単なる世話だけでなく、一人の人間としての尊厳生き甲斐人生そのものを支えていただいていると感じます。ですから、世話になる本人も生きている実感を抱きながら人生を幸せに下れることになるのではないでしょうか。

 

戦国武将・斎藤道三は辞世の句で、「捨ててだに この世のほかは なきものを いづくか終(つい)の 住処(すみか)なりけむ」と残しました。あまりにも現世への無常観諦念がこめられ過ぎていて受け入れがたいのですが、では現代の高齢者の「終の棲家」はどこだろうと考えたりもします。介護職の方々が利用者一人一人の人格を尊重しながら献身的にお世話をしていただいているので、施設が終の棲家になったとしても温かい人が周りにいるという実感を持てます。過去に遡れれば斎藤道三さんに、現代はいいよと伝えたいものです。

 

 とはいうものの国全体としては私の場合のように親が介護職の方々に頼って自分の生活を成り立たせることができていますが、自分で高齢の親を介護しておられる方々も多いと思います。また、その身内すらいなくて一人で路頭に迷っている方々が多いのも現実です。国の仕組みを何とか充実したものに立て直してほしいのは山々ですが、身近な地域のこういう仕組みにも関心を寄せていかなければならないと、改めて向き合う一つの課題となっています。介護職の方々なしには私の今の仕事はできなくなるので、人口が少なくなる中でも需要の多い高齢者のためにも若者が目を向けるような働き甲斐遣り甲斐を少しでも紹介していきたいと思います。

2026.03.25

教科書に見る学習内容の配列~算数2

 

 先日は、6年算数「割合としての比」について、その概念と「比の値」の捉え方、そして現在の教科書の学習配列についてお話ししました。簡単に言えば、以前の教科書は、比の値を教えてから比の概念に入り、現在の教科書は、比を教えたあとに比の値が出てくる、という順序になっています。

そこで本日は、現在の教科書(啓林館)で、「比の値」が登場してからその後の内容をどう扱っているかについて触れてみたいと思います。

 

比の値の後には「等しい比の性質」として「比を簡単にする」を学習します。「比を簡単にする」とは、「等しい比で、できるだけ小さい整数比になおすこと」を言います。懐かしいのではないでしょうか。

たとえは、40:50なら4:5という訳です。さらに、小数比分数比も学習します。1.51.210倍して15:12とし、更に3で割って5:4となります。では、双方に8を掛けてもよいし、通分してもよく、6:5となります。

ここまで2時間つまり2日かかります。その次の時間(翌日=3日目)には、それまでの復習をするように練習問題が1ページの分量で設定してあります。練習問題をこなして定着を図る訳です。この2時間(3時間)の中の「比を簡単にする」を扱う中で、40:50も120:150も比の値で、「2つの比は等しい」と「比の値が同じであれば、大きな整数であれ、小数、分数であれ同じだ」ということから「簡単にできる」(以降、数学へ向けて「比は簡単にしておくこと」)を学習することになります。ですから、教科書の学習順序としては、比の値の意味を深めていくことの大切さを、時間をかけて理解できるように配列していることになります。

 

ここで注意したいのは、その「等しい比の性質」であっても、小数比、分数比になると、通分や最大公約数などを利用し数学的計算が中心になるので、子どもの思考から比の値の概念が消えてしまうことに留意しなければなりません。ですから教科書は3時間目に練習問題を設定して、定着させようと狙っていると思われます。しかし、先ほどから3時間(3日)と書いている通り、6年になると算数は一日に一時間しかないので、3時間は3日間ということになります。そこへ行事や休日が入れば、間が5日間も空く場合があります。

ですから、次の「比を使った問題」では教科書通りの順序で「比の値」を利用した解決方法の理解がスムーズにいくのかという疑問が私にはあります。具体的な問題は以下の通りです。

そして、次の時間の問題がこれです。

 

 これらの問題を解決するにあたって必要になるのが、等しい比比の値の考え方になります。これらを活用すると、3×30=90や120×=90、第2問目は、3.5×=2.1や3.5×=1.4 と求めることになります。

 

そこで、比の値という児童にとって難しい概念の学習から間が空くことを憂慮する私なら、児童の思考の流れ、連続性を考えて教科書の配列を次のように変更し指導します。

先日紹介した単元導入時の「マヨネーズとケチャップの問題」で2:3と比の概念を教え、abでは「ab倍であるこの比の値という」ことを教えた次の時間に(教科書では4時間後の)上記「砂糖・小麦粉3:4、小麦粉120gなら砂糖は何gか」の問題をさせてみます。

その次の時間は「等しい比の性質」を学習し2時間(2日)目に「練習問題」まで一気に進め、さらにその次の時間にもう一度「砂糖・小麦粉」の問題を解かせてみるのです。そうすると、「なあんだこの前と同じ問題じゃないか」という子どもは「比の値」で解くでしょうし、前日の「等しい比」が頭に残っている子どもは「3:4=x:120」を利用して解くでしょうから、学級全体が「おお~っ、どちらからもアプローチできるぅ~!!」となる訳です。もちろん、異議はあることでしょう。この「砂糖・小麦粉」の問題で、それ以前の「等しい比」と「比の値」の考え方が理解できているか双方を問う訳なので、その提示の仕方は短絡的だとの批判もあるかもしれません。

 

すでにこのような独自の配列で進めている先生もおられるでしょうし、また違ったアプローチをする先生もおられることでしょう。このように、教科書の単元の内容配列をよく精査すれば、学習内容をどことどう結びつけていく方が、子どもの理解はより進むのか、あるいは、前時の内容をうまく活用できるかという数学的な思考力を育てやすいと思っています。さらに、単元の中で、どこに比重を置き、ここでは時間をとって深く主体的に考えさせようとグループ学習を取り入れるなど、軽重をつけることが結果的には効率よく学習が進むことになります。そのような教材の研究はどの教科でも必要となってきますから、教員はその時間にこそ時間を確保したいのですが現実は厳しいです。

 

すべての学習内容を同じ比重で取り掛かっていては、教科書をなぞるだけで終わってしまうし疲弊してしまいます。そこへ来て学級内の諸問題への対応が入ると学習に集中できない環境ができあがり、これまた重労働になってしまいますので、経営というマネジメントを学習以前に成立させることはなかなか難しいものです。

 

 私はキャリア教育というカテゴリーで再び現場に立ってみて、「この時間の後に(学級・教科)担任は次の授業が続くなあ。」と、教科指導だけではない日常のやり繰りに想いを巡らせました。しかしそれでも、学問を教えるということと、子どもが新しい定義や概念に触れていくことの学ぶという原点は実に面白いと改めて教育という営みの深さを感じたものでした。

お問い合わせ CONTACT

お気軽にお問い合わせください。
0982-57-3522
受付時間 8:30~17:00

  1. ホーム
  2. 日向市キャリア教育支援センター ブログ